営業の電話、報告書の見方…何もわからなかった
── 高校を卒業してすぐ働いた経験はいかがでしたか?
ハリーさん:毎日が新しい発見の連続でした。自分が何も知らない現実を突きつけられもしたんです。営業の電話をかけることもありましたが、日本の電話のかけ方もわかりませんでした。最初は有価証券報告書などを見ても、分析の方法も理解できなかったんです。社会経験がなかったから、すべてがゼロからのスタートでした。
もともと僕はジャーナリストの父にとても憧れていました。働くことは、父に近づく手段の一歩だったかもしれません。とはいえ、僕にとって父は偉大な存在で、足元にも及びませんでした。父は外国特派員協会の記者発表などで、各国の大統領などの著名人と対等に接していたんです。幼いころからその姿を見ていたので「僕もパパみたいになりたい。でも、一生かけても難しいかもしれない」と考えていました。
── その後、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で中国語を専攻し、中国の北京師範大学に1年間留学されています。
ハリーさん:大学には進学しましたが、卒業はしていないんです。日本で働いたあと、ロンドンで学生生活を送りました。でも、ロンドンの大学生ってめちゃくちゃ遊んでますよ。朝ちょっと勉強したら、部屋に戻り夕方までゲームして、朝3時ごろまでクラブに行く感じで。もちろん、ちゃんと勉強している人もいますが、ロンドンは楽しむ場所がたくさんありますからね。だんだん気楽な学生生活に耐えられなくなったんです。日本にいた父や祖母も年齢を重ねてきたので、帰国してお金を稼ぎたいと思うようになりました。
仕事をすることでアイデンティティが確立された
── ハリーさんにとって働くことの意味や、働くことで得たものはなんだと思いますか?
ハリーさん:「自信」と「生きがい」ですね。会社員として働いたときは、社会のしくみを学び、勉強になりました。24歳でタレントとしてテレビに出演するようになったころは、かっこいい先輩たちに一歩でも近づきたい思いでいっぱいでした。「何をしたいのか」「何ができるのか」、自分のアイデンティティも明確ではないまま、がむしゃらに仕事と向き合う20代を過ごしてきました。
最近になってようやく、「自分はこんなことができる」と自信が持てるようになりました。一緒に仕事をしている演者さんや専門家、スポーツ選手のおもしろさやプロとしてのかっこよさを引き出せたと思う瞬間が大好きで、やりがいがあります。それに、仕事をすることで、自分が何を考えているのか、どんな人間なのかを振り返ることができます。たとえばこうして取材を受けることで、自分の考えが整理されるんです。
モデルとして活動を始めたころは、何百回もオーディションを受けては落とされてきました。それが現在は、タレントとしてテレビなどで発信できるようになった。とても不思議です。毎朝起きるたびに「いまの僕はずっと憧れていた生活を送っているんだな」と夢を見ているような気分です。とてもありがたいですね。僕にとってジャーナリストだった父はスーパーヒーローでした。そんな父に、少し近づけたかもしれません。
PROFILE ハリー杉山さん
はりー・すぎやま。タレント。2008年スペースシャワーTVのMCとして芸能活動をスタート。 日本語、英語、中国語、フランス語の4か国語を操る卓越した語学力を持ち、 2011年よりJ-WAVEのナビゲーター、2012年よりCX「ノンストップ!」等、司会、リポーター、モデル、俳優などマルチに活躍中。2012年にイギリス人ジャーナリストの父がパーキンソン病、認知症と診断された。
取材・文/齋田多恵 写真提供/ハリー杉山