事業所を変わった認知症の方のその後に驚いて

北原佐和子さん
車の運転が大好き。いい気分転換に

── そこからずっと介護のお仕事をされているのですか?

 

北原さん:6年ほど同じ系列の事業所で働いていましたが、いったんそこで区切りつけることにしました。次に目指した要介護者のケアプランを作成できるケアマネージャーの資格を取るには、5年の実務経験が必要でした。それを満たしたということもありますが、人間関係で疲れたこともあり、少し距離を置きたかったんです。

 

── 辞めた後はどうされたのですか?

 

北原さん:女優の仕事をしながら、介護福祉士やケアマネージャーの資格を取りました。その期間に介護の仕事はつらいこともあったけれど、素敵な出会いもたくさんあったことに気づきました。そのことをいつか本などで世間に伝えたいと思ったのですが、そのためには現場を離れるべきではないと思い、2014年に再び介護の仕事に戻ることにしました。

 

そのころには、私の認知症の方への意識は初期のころよりだいぶ変化していました。

 

実は狭い事業所で働いていたときは利用者の方の行動がすぐに目に入ります。どこかにぶつかって怪我をする危険性がある場合も多く、つい気になって頻繁に口を出してしまっていたことがありました。ある認知症の方に「うるさい」と怒られて、拳が飛んでくるような雰囲気になることもしばしば。結果、その方はそれからすぐにご家族の意向でほかの事業所へ移動になりました。

 

「特別養護老人ホームに入所なさったら、寝たきりになっちゃうかも」という先入観が当時の私にはあり、その方のことが気になって、移動先に面会に行ったんです。そうしたら、私たちのところにいたときよりずっと元気になって歩いている姿を見かけて。「え?どうして?」と正直びっくりしました。

 

私は自分の事業所しか知らなかったので、その環境が一番素敵と思っていましたが、おそらくその方にとったら不自由な環境だったんだと思います。認知症かどうかは関係なくて、それぞれの人によって合う合わないってあるんだなと。その方の自由を奪うのではなく、最大限力を発揮できる環境を働く人たちが整えてあげることが大事だと思いました。

 

准看護師として働く北原佐和子さん
准看護師として働く「のぞみメモリークリニック」の木之下徹院長と打ち合わせ

── 2020年に准看護師の資格も取られています。それはどういう理由からですか?

 

北原さん:ケアマネジャーの研修ではチーム連携をしっかりと学びます。チームには
医師、看護師、専門職がいますが、私にそのようなプランを立てられるのかと怖さを感じるようになりました。そのころ、在宅診療の勉強に行った先で、準看護師の資格を取るのがいいのではと勧められたんです。

 

そこから2年間学校に通ったのですが、これが大変で…。最初の1年は女優と介護の仕事をしながら通いましたが、もう1年は夏休みや冬休みなどの長期休暇にまとめて働いて、あとは学業に専念しました。毎週のようにあるテスト、実習のための資料作りで日々、寝不足。気づいたら寝落ちしていて、朝慌てて資料を書き上げて実習先の病院に向かうも、「この内容では研修を受けさせられない」と言われ、実習が中止になることもあるのです。

 

── 卒業後は准看護師の資格はどのように仕事に活かされていますか?

 

北原さん:現在は認知症専門のクリニックで週2日、介護施設で週2日、あとは介護イベントに携わる仕事をしています。クリニックでは脳のMRI検査を担当しているのですが、准看護師の資格を取ったことは介護にも活かされています。

 

ひとつは薬のことがよくわかるようになったこと。以前は薬の効果を理解せず、指示された薬を利用者の方に服用してもらっていましたが、いまは「その薬が必要な理由」に目を向けられるようになりました。もうひとつは「この方は脳のここから出血したから麻痺が起きている」「高血圧だからこのような症状が出ている」など、疾患と症状の繋がりを理解できるようになり、介護の現場で利用者の方に今まで以上に寄り添うことができるようになりました。

 

北原佐和子さん
「桜を見ると『遠山の金さん』を思い出します」と北原さん

── 今後の目標はありますか?

 

北原さん:自宅で利用者の方の看取りができるケアマネジャーになることです。以前、利用者さんが自宅で亡くなられたのですが、急に容態が悪くなり、ご家族がとまどっていらっしゃいました。もしケアマネジャーに医療の知識があれば、お元気なときから健康チェックでバイタル測定を行うなど医療職の介入を行うことができ、必要なときに看護師や医師との信頼関係が築けているため、「お母さん、そろそろかもしれません」というその言葉を素直に受け入れることができたのだと思うのです。

 

具合が悪くなってから健康チェックをしたほうがいいと言われても、ご家族の立場になると「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ」という気持ちになりますし、なかなか受け入れることができません。ケアマネジャーとご家族との信頼関係も築けません。せっかく医療の知識を身につけたので、今後はそのような提案をもっとしていければと思っています。

 

利用者さんとのふれあいは私の中で生きる張り合いとなっています。同様に女優として演じることも私の中では喜びです。やる気はあるので、縁があればそちらも頑張りたいと思っています。

 

PROFILE 北原佐和子さん

きたはら・さわこ。1964年、埼玉県生まれ。1981年に「ミス・ヤングジャンプ」に選ばれたのをきっかけに芸能界デビュー。「花の82年組」としても活躍した。現在は女優業を続けながら、介護、看護の仕事に携わっている。書籍『     ケアマネ女優の実践ノート』(主婦と生活社)を9月に発売。

取材・文/酒井明子 写真提供/北原佐和子