1980年代からアイドル、女優として活躍してきた北原佐和子さん。現在は女優を続けながら、介護や看護の仕事をしています。芸能の世界とは違う、介護の世界に興味を持ったきっかけとは?(全2回中の2回)

困っている視覚障がい者に声がかけられなかった

介護施設で働く北原佐和子さん
介護施設で働く北原さん

── 現在、女優を続けながら介護や看護のお仕事をされていますが、興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

 

北原さん:芸能界で仕事をしていた20代前半のこと。大雨の日に車に乗っていたら、両手足が麻痺している障がいのある方が近くを通ったんです。ひどい雨の中で、タクシーもなかなかつかまらず大変な思いをされていました。

 

そのときに自分が幼少期のときに、困っている視覚障がいのある者の方がいるのに、勇気がなくて声をかけられなかった体験を思い出したんです。あのときは子どもだったけれど「いまの自分はどうなんだろう?」と、自分に問いかけてみました。「また同じように後悔するのは嫌だ」と思って勇気を持って声をかけ、自宅までお送りしました。

 

その方が車中で一生懸命お話をしてくださるんです。「私はこのような体ですが、神田まで電車を乗り継いで、週に数日は働いています。1日数時間しか働けませんけど」と。家に着き、車の扉を開けたところでお手伝いしようとしたら、その方は自力で車から降りられて、ドアの外にあった金網に両手でつかまり、自分の体を支え、家の中までひとりで入っていかれました。その姿を見たときに、この方はすごいなと。自分の状況を受け入れて、自分の足で立っている、と感じたんです。

 

その後もダウン症のお子さんとの出会いや、障がいのある方との出会うたびに自分に何かできることはないかと思う気持ちが強くなっていきました。

 

── そこから介護の資格を取られたんですか? 

 

北原さん:30代半ばくらいから自分は今後どのように生きたいのか考えるようになりました。女優の仕事は撮影があれば忙しいですが、仕事のない空白の時間もあり、安定していません。この不安定さが若いころからイヤで、空白の時間を利用して何かできないか考えていました。

 

最初のころは女優の仕事に繋がりそうな日舞、三味線…ほかにもスポーツなどの習い事をしていましたが、どうもしっくりこない。どうしようか悩んでいたときに、あの大雨の日のことを思い出したんです。それで福祉の仕事に携わってみたいと思いました。40代になりやりやっと重い腰を上げ、知り合いに勧められたホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)を取ることにしたんです。

女優業との両立で難航した勤務先探し

手拭い体操を指導する北原佐和子さん
手拭い体操を指導する様子

── 実際に介護の仕事を始めたのはいつごろなのでしょうか?

 

北原さん:42歳のときです。いろいろな介護事業所が掲載されている冊子をもらったので、片っ端から連絡してみることにしたんです。

 

といっても、私が決めた条件はかなり厳しくて。まず、認知症の方に対応していない事業所を探しました。いまでこそ認知症専門病院で勤めている私ですが、当時は、認知症の方に対していい印象を抱けませんでした。というのも、ホームヘルパー2級の資格を取るための実習で、職員の方に「認知症の方には近づかないでください」と言われたんです。

 

当時の私は研修中で、座学でしか認知症について学んでいなかったため、まだまだ知識不足でした。そのような状態で利用者の方の意思にそぐわないコミュニケーションを取ってしまい、トラブルが起きてしまうと大変だという配慮からの言葉でした。ただ、私としては認知症の方に接してはいけないと言われた経験がしばらくトラウマになっていました。

 

また、勤務後に女優の仕事が入ったら困るので、汗をかくような入浴介助のない事業所に絞りました。できれば女優の仕事の隙間時間に介護の仕事をしたかったのですが、それだと「シフトが組めないから困る」と言われ、働くところがなかなか決まりませんでした。

 

ただ、最後の最後にダメ元で電話をした事業所に「とりあえず来てみたら?」と言われて。ちょうど、ほかの方が辞めたタイミングで人員不足だったこともあり、「来られるときに来てくれればいい」という条件で働かせてもらえることになったんです。

 

── 介護と女優の仕事の両立は大変なのでは?

 

北原さん:8時〜11時半まで介護の仕事をしてから舞台稽古に行く日もあれば、撮影後に遠方から戻ってきて夜勤に入る日もありました。入浴介助は当初は希望していなかったのですが、1対1で時間をかけて脱衣所やお風呂場など同じ空間にいることで、利用者さんのことをもっと知ることができると気づき、途中からやることにしました。仕事はハードでしたが、楽しかったです。私にとって介護は、アイドルのときに歌を聴いて喜んでくれるファンの方と接するのと似た感覚でした。まさに「魂が揺さぶられる体験」ばかり。

 

たとえば、利用者の方の中には入浴サービスが目的で来たのに、「入りたくない」という方もいます。こちらはなんとか入ってもらうために、スタッフ一丸となってあの手この手を使います。以前、「今日は菖蒲湯(しょうぶゆ)ですよ」と他の利用者さんに話しかけたときに、入浴を嫌がっていた方が「菖蒲湯なの?」と興味を示してくれたことがありました。これはチャンスとばかりに私はその方との会話を盛り上げ、その間にほかのスタッフが入浴準備を進め、最終的に「じゃあ入ってみよう!」となったんです。利用者の方に「気持ちがよかった」と言ってもらえたときは、嬉しくて、嬉しくて…。

 

絶対ムリだと思っていたことができたことは自信につながったし、利用者の方が満足してくれたときの表情に魂を揺さぶられました。アイドル時代にチームでつくった曲をファンの方に、「この曲大好きです」と褒めてもらえたときも同じように魂を揺さぶられたのですが、その感覚に似ていますね。

 

人と人との関係が希薄になりつつある現代で、支え合える素敵な仕事だなと思った体験の積み重ねでこれまで続けることができたように思います。