「声が出ない」声優引退を覚悟した日

── 日本とオーストラリアを行き来しながら仕事と育児と両立するなかで、病気にかかってしまうという状況は、本当に大変だったと思います。

 

宮村さん:橋本病にかかり、一番困ったのは飲みこむ力が弱くなったことです。ろれつが回らなくなり、ちゃんと声が出なくなってしまいました。声優としては致命的です。投薬治療を行えば、いずれ改善するだろうとは言われていたものの、いつよくなるかわかりません。声優の仕事は大好きだったし、担当していたキャラクターはどの子たちも愛着がありました。ずっと続けたい仕事でしたが、一時期は「こんなに声が出ないならもうムリだ、引退しよう」と思いつめていたんです。当時、定期的に取り組んでいたのが、15年近く担当していた『名探偵コナン』の遠山和葉役。プロデューサーに「病気で声が出なくなってしまいました。和葉役を降板させてください」とお願いしました。

 

ところが、プロデューサーは「治るまで待っています」と言ってくれたんです。その言葉が本当にうれしくて、「早く現場に戻れるように頑張ろう」と前向きに治療に取り組めるようになりました。治療を続けて1〜2年くらいで体調がようやく戻り、復帰することができました。

 

── 2017年に公開された映画『名探偵コナン から紅の恋歌』で、和葉はメインキャラクターとして活躍しています。

 

宮村さん:無事に映画が公開されたあとの打ち上げで、スタッフさんやキャストさんの前で「治療中、待っていてくださってありがとうございました。おかげで体調もよくなりました。『から紅の恋歌』では、和葉を精一杯演じたことが私の恩返しです」とあいさつをさせてもらいました。待っていてくれる人がいるのは、ものすごく励みになりました。コナンの現場は本当に温かくてアットホームな雰囲気なんです。その場所に戻れたのは、本当に幸せなことだと思います。私を待ち続け、受け入れてくれた人たちの思いに応えるためにも、どの仕事も全力で取り組んでいこうと改めて決意しました。

 

── 現在はもう病気の症状は出ていないのでしょうか?

 

宮村さん:ふだんは大丈夫ですが、多忙でストレスを抱えていたり、睡眠不足だったりすると「ちょっと危ないな」という感覚はあります。人にもよると思いますが、私の場合、バセドウ病と橋本病は、それぞれ異なる前駆症状があらわれます。バセドウ病寄りになっているときは、ものすごく元気になるんです。気持ちもハイになって、ガンガン動き回って仕事をこなしてしまいます。そういうときは「これは大丈夫かな?」と、いったん立ち止まるようにしています。

 

橋本病の症状が出始めているときは、舌の奥が重くなる感覚があります。どちらも自覚症状があるから、体調には気を配り、バランスをとるようにしています。ふだんは元気なのは当たり前だと思いがちですが、健康って本当に大事だし、ありがたいものだと痛感します。

 

PROFILE 宮村優子さん

みやむら・ゆうこ。声優。兵庫県神戸市出身。1994年、『勇者警察ジェイデッカー』のレジーナ・アルジーン役で声優デビューを果たし、1995年に放送が始まった『新世紀エヴァンゲリオン』の惣流・アスカ・ラングレー役で大ブレイクする。『名探偵コナン』の遠山和葉役も担当。2009年からオーストラリアに移住。2016年に帰国後、声優として第一線で活躍しながら、講師として後進の育成にも務める。2児の母。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/宮村優子