昭和的な教えかもしれないけれど

── 長女と次女は社会人だそうですが、仕事の悩み相談などはされますか。

 

笠原さん:娘は会社の愚痴を言ってきますけど、俺からしたら「それは当たり前だろ」って思うことばかり。俺は、もしかしたらうちの子どもたちには昭和的な教えをしているかもしれないね。「雇ってもらっているんだから、感謝しなきゃ」とか、「職場の全員と気が合うわけじゃない」とかね。

 

10人いたら性格も10人それぞれで、合うタイプも違う。「自分には合わない」とか、「思ったのと違う」とか娘が言うけど、「そこはお前が合わせるんだよ」って。すべてが自分の思い通りになることなんて世の中ないし、理不尽なことがあるのが社会。そこをどう乗り越えていくかで、だんだん自分のしたいことができるようになる。

 

── 店主として、お店での指導はどうされていますか。

 

笠原さん:今どき、「〜ハラ」がたくさんあって、上司から部下に言わないことが多いみたいだけど、あまりに何も言わないのはよくないと思ってね。仕事って、その道の経験がある人が伝えなきゃならないことがたくさんあるよね。

 

少なくともうちの店は、自分が思う通りにさせてもらっていて、それにみんなついてきてくれてる。最近の若い子は「飲み会に誘っちゃダメ」とか、「飲み会は仕事ですか?」と言われるという話も聞くけど、幸いうちの店では「飲みに行こう」と声をかけたら喜んで来てくれるし、そういう場だからこそいろんな話ができる。今、店にいる子たちは、自分の子どもとほぼ同世代なんで、もう親子みたいなもんですね。話す内容も子どもに言うことと変わらないな。

 

「昔はこうだった」って話をしちゃいけないっていうけど、昔話っておもしろいと言われるよね。俺の修行時代の話は、今じゃありえないことばかりだから「マジですか」って反応をされる。それに店の子は、うちの子どもたちとも仲がいいんで、俺が知らないところで、みんなで食事にも行っているようですよ。本当に家族みたいな感じではあるね。

 

── 仕事がお忙しい日々が続いていますが、今後についてはどう考えていますか。

 

笠原さん:性格的に、やることがないのが嫌いなタイプ。でも現実的に仕事があり過ぎてやめられない状態になっていて。自分の店だし、体が動く限りは働きたいなと思っていますよ。働いている方が体にもいいだろうし、俺の先輩もみんな元気。その世代を見ていると「俺もまだまだやんなきゃ」って思うよね。

 

長男が本当に店を継ぐならさらにしっかりした体制にしたいなとか、やりたいことはいっぱいある。長男がバチっと店を継ぐ時が来たら、うちの親父がやっていたような小さい焼鳥屋をやりたいなとかね。親父の跡を継いだ焼き鳥屋の「とり将」は閉めたけど、そのときも閉店とは言わずに、バンドみたいに活動休止にした。かつてのサザンみたいにしたらかっこいいかなって思ってね。

 

笠原将弘さん
「賛否両論」店頭にて

いつか親父の店「とり将」を復活させて、「すごい居酒屋があるぞ」って世界中から人が来るような店を作りたい。若い子がふらっと寄って、「あのおっさんのところ、何食っても美味いな」って言われるようなね。

 

「賛否両論」はそのためのつなぎに過ぎない、なんて偉そうなこと言ってますけど(笑)。嬉しい誤算なんですが、わりかし上手く行ったからやめられなくなっていて。予約の取れない店と言われているけど、本当は来たい時に来られる店をしたい。自分がそう思うからね。日曜の夕方に「今日の夜、何食べたい?」「今日は焼肉の気分」みたいなやりとりしますよね。本来、食事ってそういうもんでしょう。銭湯に入ってきた帰りにフラッと立ち寄れるような店を作りたいですね。

 

── 店に立ち続けるための健康法などはありますか。

 

笠原さん:ジムなどには行っていませんが、気候がいい時期は家から店まで45分くらい歩いてますよ。あとは、毎晩サウナに入る。そのおかげか1年中、風邪もひかないし、病気もしない。たぶん、店の中で俺が一番元気。若い子の方がしょっちゅう体調不良で休んでるね。

 

── 毎晩サウナですか!

 

笠原さん:長らくサウナブームが続いているけど、俺は親父に影響を受けて通い始めたから子どもの頃からで、元祖ですね。帰り道に遅くまで営業しているサウナがあるからそこに寄って、家に帰ってビールを飲むのが日課。まだ娘が起きていたら一緒に一杯飲みますよ。亡くなったカミさんに似て酒が強いんです。リビングにカミさんの大きい写真を飾って、その前のテーブルで娘と飲んでますね。

 

── その姿を見て、きっと奥さんも喜んでいそうですね。

 

笠原さん:そう思ってくれたらいいなと思ってるね。

 

PROFILE 笠原将弘さん

1972年、東京生まれ。焼鳥店を営む両親の背中を見て育ち、幼少期からさまざまなセンス、技、味覚を鍛えられる。高校卒業後、「正月屋吉兆で9年間修業後、実家の焼鳥店を継ぐ。店の30周年を機にいったん店を閉め、2004年9月、恵比寿に自身の店「賛否両論」を開店。私生活では、ビールをこよなく愛する3児の父。

 

取材・文/内橋明日香 撮影/CHANTO WEB NEWS 写真提供/笠原将弘