将来の出産のことを考えてレーザー手術を決断
── 病院に行ってからのことを教えてください。
休井さん:最初の検査で病院に行くと、目視でがんだとわかるような状態ではないと言われました。検査結果がわかるのは、連休を挟むため2〜3週間後。かなり先だなと思いましたが痛みなどもないので、まだどこかで大丈夫かもしれないと信じている部分もありました。医師からもその間はとにかくたくさん笑って、よく寝ること!と。
── 2〜3週間後の検査結果で高度異形成の上皮内がんとわかったのですね。
休井さん:そうですね。子宮頸がんの一歩手前の高度異形成の上皮内がんでした。上皮内がんは異常細胞が上皮内に留まっている状態なので、手術で取り除けば完治も見こめます。医師からはあと半年遅かったら子宮頸がんになっていたかもしれないと言われ、驚きました。
そこからはさらに型などを調べる検査を受け、切るかレーザーで処理するかなど治療方法を決めていくことになりました。
── どのような手術を行なったのでしょうか?
休井さん:最初は子宮を一部、摘出する方向で考えていました。ただ、将来的には子どもが欲しいと考えているなら、一部を摘出すると流産の可能性が高くなると説明されて。そのとき私は32歳で、結婚の予定があったわけではないのですが、年齢的に出産はそこまで遠い未来のことではないという話になりました。それならばレーザーで焼いて様子を見てもいいのではないかと先生から提案され、そうすることにしたんです。
手術までは1か月あったので、それまでに進行してしまったらどうしようと不安になることもありました。なので、手術前日はやっと受けられるといううれしい気持ちになりましたね。
「同じ病気の友人からの言葉」がずっと支えに
── 手術当日はどうでしたか?
休井さん:あっという間に麻酔で寝てしまい記憶はないですが、麻酔が切れて痛くて目が覚めました。麻酔が抜けて少し痛みが引いたら、その日のうちに退院して夕方には帰宅。2日後にはもうふつうに働いていましたね。1週間くらいは生理痛のような痛みがありましたが、それも徐々になくなりました。
術後の経過も良好で、手術後の検査では上皮内がんはキレイに消えていました。今でも3か月に一度は検査のために、通院しています。
── 治療までの間で、一番不安だったことはなんでしたか?
休井さん:手術をするまでの間は、それまでに進行してしまってなにかあったらどうしようという気持ちが常にあり、つらかったです。
あとは母親のこと。なるべく心配かけないように連絡をしたつもりだったのですが、私よりも気持ちが滅入ってしまったようで。そのせいで自分がしっかりしなきゃと思えた部分はありました。なかなか実家に帰れないので、今でもとても心配しているようなのですが、毎日LINEなどで連絡して安心してもらえるように心がけています。
── 支えになったことは?
休井さん:20歳からの親友が、実は21歳のときに同じ病気を経験していたことを知りました。当時の私は全然気づいていなくて…私が今回相談したときに告白されて、すごく驚きました。
その友人が「大丈夫、絶対治るよ」と励ましてくれたのが、とにかく心強かったですね。「検査の前日は憂うつになるよね」などの不安を言い合える人ができたと、彼女も言ってくれました。
── 病気を経験して価値観も変わりましたか?
休井さん:昔から「いつかは結婚したいな」と思っていましたが、何歳までになど具体的なことは考えていませんでした。でも今回のことがあり、この先どうしたいのか、子どもは欲しいのかなどのライフプランを、しっかり考えるようになりましたね。
あとは保険の見直し。私は自分の入っている保険では、手術代のすべてをまかなえませんでした。同年代の人は特に私と同じようにどのような保険に入っているかわからない人も多いと思うので、ぜひ今入っている保険で大丈夫か見直しすることをおすすめしたいです。
PROFILE 休井美郷さん
1991年生まれ、大阪府出身。タレント。Prime Video『バチェラー・ジャパン』シーズン4に参加し話題になり、女性誌やバラエティなどで活躍。かわいいがつまった写真集『Qun』も発売。
取材・文/酒井明子 画像提供/休井美郷