芸能生活を40年を迎えた工藤夕貴さん。日本アカデミー賞の主演女優賞や海外映画への出演と不動の地位を確立し、20年ほど前から富士宮市で自給自足の生活を送っています。工藤さんに50代を迎えての心境を伺いました。

「愛されたい認められたい」という気持ちが自分を不幸にしていた

── 12歳でスカウトされてから芸能界に入るとき、コンプレックスがあり、幼いながら早く自立したいと思っていたそうですね。いろいろな思いを乗り越えて、そこから怒涛のご活躍があり、現在は農業をなさったりとご自身のペースの生活を謳歌なさっていますが、これまでを振り返って思うことはありますか?

 

工藤さん:デビュー前の頃、実は精神的にはボロボロで、両親が離婚し家庭環境はとても悪かったんです。褒められることもなく育ってきて「自分には価値がないんだ」と思うばかりで、コンプレックスもあって。「人に愛されたい、認められたい」という思いは人一倍強かったと思います。

 

自身が経営するカフェの内装も手がけた
自身が経営するカフェの内装も手がけた

そんなときにスカウトされて、自分が期待されて褒められたことがものすごくうれしくて、つらい日常から逃避するようにどんどん芸能界に興味を持っていきました。デビューして、結局売れなくなると手のひらを返す大人たちがいてその落差に大いに傷ついたり、見返したくて海外を目指したりしてきたわけですけど、そういう自分の生き方が不器用で一生懸命やっているつもりでも空回りしてしまったり、人に誤解を受けたりと上手に生きてこられなかったように思います。

 

今ようやく50代に入って思うのは「人に愛されたい。認められたい!」という気持ちが自分を不幸にしていたんだなって。

 

でも、若いときはあれだけ「悔しい」とか、「仕事で成功して認められたい!」と思う気持ちがあったからこそ、つらいことも乗り越えられた。それも確かです。当時はどこまで自分が伸びるか、人に認められるかが存在価値を確認できる術でしたから、それが不幸の原因だったなと思いつつも、若い頃はそういう時期もないといけないんでしょうねと、今ようやく俯瞰で考えることができます。

 

今の感覚だったら「あんなに必死になってアメリカに行くのは、面倒くさいからやだ」ってなりそうですし(笑)。「もはや食べていけたらいいんじゃない?」ってなりますけど、でもそれは今の年齢だから言えることなんですよね。

 

結局は誰がどう認めようが認めまいが自分は自分ですし、自分が思った道をまっすぐに進んでいくというのが人生においては大事なことなので、自分のことをわかってくれる人を大事にして生きて行けばそれでいいんだなと。

 

自作の軽キャンピングカーで愛犬ハニーと旅をする工藤さん
自作の軽キャンピングカーで愛犬ハニーと旅をする工藤さん

── 誰しも年を重ねてようやく気づくことがありますが、その気づきに至るためには過去の自分の経験も必要だったりしますよね。

 

工藤さん:そうなんです。なので、これまでのことを前向きに受け入れられますね。自分で自分を認めることができるようになって、誰かに認めてもらいたいという欲望を捨てたからこそ、今こうやっていただいたご縁を大切にできたり、求めてもらって素直に父の歌が歌えるようになったりと、素直に人の行為をありがたいと思って受けられるようになったと思うんですよね。

 

振り返ると私の時代は生きづらいところがたくさんあったなと思うんですけど、全部必要であってちゃんと神様が並べてくれたマイルストーンの上をきれいに歩いてくることができて幸せだったなと思えます。

 

愛犬のハニーと
愛犬のハニーと

「今この瞬間を徹底的に楽しむ」という積み重ねが幸せな人生に

── 工藤さんがご自身の経験から、50代を迎えて伝えたいことはありますか?

 

工藤さん:50代に入ると命が永遠ではないということを意識する人も多いと思います。そうなってくると、もはやいろいろなことで悩んでる暇はないんですよ(笑)。人って明日がずっと続くと思うから悩むんです。10年後、20年後どうしようかと思ったりと、どうしても先のことを心配したりするんですけど、今まで生きてきて思うのは先のことをどれだけ心配したってどうにもならないことがあるということ。

 

どれだけ体に気をつけていても病気になったり亡くなったり、予測ができないのが人生なので、今とか今日とかこの瞬間みたいなものを徹底的に楽しんで生きなければ幸せな未来もないし、その積み重ねこそが幸せな人生になるのではないかなって。

 

── 確かに、よく「明日地球がなくなるとしたら、何する?」って多くの人が話題にしたことがあるかと思いますけど、年を重ねるとリアルに実生活に落とし込んでいく必要があるのかもしれませんね。

 

工藤さん:そうなんです。どんなに悩み事があったとしても、まず今日という日に楽しいことを絶対1個はやっていくって考えるのは大事だと思います。あと、年を重ねるほど、より自分の体に耳を傾けて「You are what you eat.(あなたはあなたが食べるものでできている)」をぜひみなさんにも意識してほしいなって。

 

これは私の人生を変えた友人の言葉ですが、自分の口に入れるものが自分の体をつくっているんだということを意識して、なるべく素材にこだわったものを体に取り入れたいですよね。私は29歳でそれに気がつけたので、農業をはじめましたし、こだわった農作物を作り20年たちますが、やはり10代のときより今のほうが全然体調もよく元気です。

 

子どものとき、親が家にいなかったせいで添加物だらけの駄菓子を主食にして生きてたみたいな子で「そのせいで体が弱かったんだな」と、あとから気がつくわけですけど、それを体質だと思っていましたから。それが食べ物のせいだったと実感して、その経験を人に伝えていくことも重要だと思っていて、自分に課せられた使命のひとつだと思っているんですね。

 

単身アメリカへ行った時の貴重なショット
単身アメリカへ行ったときの貴重なショット

その経験が自分ひとりのものではなくて、誰かそれを必要としている人のために自分が経験してきていると思えて。私の場合それがカフェを運営することだったり、食や農業の講演をやったりすることに繋がっています。

 

安全な食と向き合っていく方法や、自分が理想的な生き方をどうやって手に入れてきたのかということも含めて、それが少しでも誰かの役に立ってくれたらいいなという思いから、包み隠さず自分のことをお話をしています。

 

ぜひみなさんには「これから先の自分の体は自分でつくっていくんだ」という思いと同時に、「自分の人生も自分がつくっていく!」という感覚で、いつお迎えがきても後悔しない一日一日を送ってもらえたらなと思います。自分の一日をいかに幸せに過ごすかは自分にしかできないことなので。

 

登山をする工藤さん
登山をする工藤さん

 

PROFILE 工藤夕貴さん 

1971年生まれ。東京都出身。1983年芸能界デビュー。映画『逆噴射家族』(1984)でヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。アメリカ映画『ミステリートレイン』(1989)出演以降、海外作品でも活躍。『戦争と青春』(1991)では日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。主演したハリウッド映画『ヒマラヤ杉に降る雪』(1999)ではアカデミー賞など多くの賞にノミネートされた。主な出演作に『SAYURI』(2005)『ラッシュアワー3』(2007)など。帰国後は静岡県に広大な土地を購入し俳優業の傍ら、無肥料、無農薬の自然農法で農業を行っている。昨年は父である歌手、故・井沢八郎の代表曲「あゝ上野駅」を娘として歌い継ぐべくカバー。感銘を受けた五木ひろしがアンサーソングとなる「父さんみてますか」で作曲に関わり、カバー曲と併せて収録したCDをリリース。演歌に初挑戦し新たな一面も話題となっている。

取材・文/加藤文惠 画像提供/工藤夕貴