最近は演歌に初挑戦し新たな一面も話題の工藤夕貴さん。歌手である父、故・井沢八郎さんの代表曲『あゝ上野駅』を娘として歌い継ぐことになったいきさつを伺いました。

父の名曲『あゝ上野駅』を歌うことになった縁

── お父様は、昭和の団塊世代の方たちに支持を受けた名曲『あゝ上野駅』で知られる歌手・井沢八郎さんですが、娘さんでいらっしゃる工藤さんが昨年この名曲をカバーしてCDを発売されました。そこにはどのような経緯がおありだったのでしょうか?

 

工藤さん:父の歌をカバーすることになったきっかけなんですが、本当にいろいろなご縁が繋がって歌わせてもらうことになったんです。たまたまテレビを観ていたら日本歌手協会の歌謡祭で父の歌が歌われていて、私も歌の仕事したいなぁなんて話してたら、家族に「日本歌手協会に入ってみたら?」と背中を押されました。

 

家族写真。中央が工藤さん、右が井沢八郎さん
家族写真。中央が工藤さん、右が井沢八郎さん

そこから日本歌手協会理事長の合田道人(ごうだ・みちと)さんとの出会いがあって「井沢さんが歌う『あゝ上野駅』を、お嬢さんが歌ったらいいんじゃない?」と言ってくださったんです。というのも、さまざまな事情があり父が生前歌っている『あゝ上野駅』の映像が流せていない状態で。他の歌手の方が歌うことがあっても、父の声で聴く「あゝ上野駅」は聞けないまま年月が過ぎていました。

 

本来ならいろんな人にもっとこの曲を懐かしく聴いていただきたいところなんですけど、このままではこの曲を愛してくれた世代の方が元気なうちに聴いていただけなくなると。この曲は父も難しい曲のひとつと言っていたので「私に歌えるかな?」という思いもありましたが、合田さんにそういってもらったおかげでレッスンして番組で歌うことになったんです。

五木ひろしさんの言葉でCDリリースへ

── 団塊の世代で上京してきた人たちにとっては、ひときわ思い入れのある名曲ですよね。そのとき共演なさった、歌手・五木ひろしさんにとっても思い入れの深い曲だったそうですね。

 

工藤さん:私が日本歌手協会のステージでこの曲を歌うことになり、五木ひろしさんとご一緒する機会があったんですけど、五木さんが昭和39年に上京して同じ年に『あゝ上野駅』が発売されて非常に思い入れがあったそうで。

 

そんな五木さんの前で私が『あゝ上野駅』を歌わせてもらい五木さんがすごく感動して「お父さんの歌い方の癖をよく引き継いでいてすごくよかった。お嬢さんの中にお父さんが生きているっていうのがよくわかる。この曲はお嬢さんが歌い継いでいってほしい」と言ってくださったんです。

 

そんなふうに五木さんに言葉をいただいたから「頑張らせていただきます」という思いで、正式に父の歌をカバーしてリリースすることになりました。

 

五木ひろしさんが作曲を手掛けた28年ぶりとなる新曲『父さん見てますか/あゝ上野駅』
五木ひろしさんが作曲を手掛けた28年ぶりとなる新曲『父さん見てますか/あゝ上野駅』

── カバーした『あゝ上野駅』のカップリングにはアンサーソングとして、新たに『父さん見てますか』という曲を合田道人さんが作詞し、五木ひろしさんが作曲なさったと聞きました。

 

工藤さん:はい。父の歌を歌い継ぐことが決まり、曲までいただき本当にご縁だなと思っています。歌詞を見たときに合田さんが父と私との関係をわかってくれているからこそ書いていただけた歌詞だなと思いましたし、歌詞を見ただけでいろいろな思いがこみ上げて、今まで私は父との親子関係でジレンマを抱えてきたのですが、とてもいい形で反映された曲だなと。

 

父が合田さんの体を借りて自分が伝えたいことをここに乗せてきたのかなとも思って感動しました。どんな人にも経験したことがある別れに対しての思いが描かれた曲なので、みなさんそれぞれの思いの中に存在する曲になってくれたらなと思います。

 

工藤夕貴さんと父・井沢八郎さんの貴重なショット
工藤夕貴さんと父・井沢八郎さんの貴重なショット

歳を重ねたからこそ受け入れられた

── 工藤さんといえば俳優のイメージが強いので、演歌を歌っていらっしゃる姿がとても新鮮に感じました。ご自身も歌手を目指しておられたデビュー当時の思いが、演歌で再び叶うとは想像してなかったのではないでしょうか?

 

工藤さん:本当に想像していませんでした。人生は何が起こるかわかりませんね。映画『フォレスト・ガンプ』のセリフにもある「Life was like a box of chocolates. You never know what you’re gonna get.(人生はまるでチョコレートボックス。開けるまでなにがあるのかわからない)」が私の好きな言葉なんですが、まさに実感しました。

 

若い時だったら「演歌?」と、反発してたと思いますし、そもそもこの難しい曲を歌えなかったと思うんですけど、やはり自分がこうやっていろんなことをやってきて歳を重ねてきてるからこそ、こういういろんな新しいチャンスだったり、人が与えてくれるご縁だったりを素直に受けられるようになったと思いますね。

 

CDの即売会で歌わせてもらったときに、お客さんが泣いてくださったんです。自分の歌で誰かが泣いてくださったことがなかったので、この曲にはその力があるんだなと思いましたし、たくさんの方の心を動かす力があるんだなと感じました。そんな曲を自分が歌えるようになったことに感謝しかありませんし、父が残してくれた遺産だなと思って大切に歌っていきたいと思っています。

 

工藤夕貴さん
工藤夕貴さん

 

PROFILE 工藤夕貴さん 

1971年生まれ。東京都出身。1983年芸能界デビュー。映画『逆噴射家族』(1984)でヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。アメリカ映画『ミステリートレイン』(1989)出演以降、海外作品でも活躍。『戦争と青春』(1991)では日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。主演したハリウッド映画『ヒマラヤ杉に降る雪』(1999)ではアカデミー賞など多くの賞にノミネートされた。主な出演作に『SAYURI』(2005)『ラッシュアワー3』(2007)など。帰国後は静岡県に広大な土地を購入し俳優業の傍ら、無肥料、無農薬の自然農法で農業を行っている。昨年は父である歌手、故・井沢八郎の代表曲「あゝ上野駅」を娘として歌い継ぐべくカバー。感銘を受けた五木ひろしがアンサーソングとなる「父さんみてますか」で作曲に関わり、カバー曲と併せて収録したCDをリリース。演歌に初挑戦し新たな一面も話題となっている。

取材・文/加藤文惠 画像提供/工藤夕貴