「ちゃんと打て!」「何やってるんだ!」。聞くだけで不快な言葉です。スポーツの形を変えようと、益子直美さんはバレーボールの「怒らない大会」をはじめて、10年目を迎えます。その大会で見えてきた子どもたちの笑顔、監督への思い。もう理不尽な怒りはいらないはずです。(全5回中の3回)

大会前日「怒ってはいけない」ルールを提案すると

── 2015年から、福岡県で小学生のバレーボール大会「益子直美カップ」を主催されています。この大会では、「監督が怒ってはいけない」ルールがあるそうですね。

 

益子さん:友人を介して、福岡県で小学生のバレー指導をしていた北川さんご夫婦から「小学生のバレーボール大会をやってほしい」と依頼をいただいたのが、そもそものきっかけでした。

 

「怒る指導」は、まだ根強く残っていて、監督から怒られ、ぶたれ、泣きながらバレーをやっている子どもたちの姿をたくさん見てきました。私自身、怒られる指導をずっと受けてきて、それが原因でバレーが嫌いになってしまった。だからせめて、自分の冠がつく大会は、子どもが笑顔で楽しめるものにしたい気持ちが強かったんです。そこで、大会前日の打合せで、「怒ってはいけないっていう、ルールでやりたいんですけど…」と、スタッフに提案しました。

 

── 大会の前日とは、急ですね。

 

益子さん:なかなか言い出しづらくて…。でも、プログラムを見た瞬間、「言っても大丈夫そうだな」と、ピンと来たんです。ふつうの大会は開会式を終えたらすぐに試合が始まるものですが、プログラムを見たら、午前中は、すべて「遊びの時間」。クイズをしたり、チーム対抗のリレーをしたりと、いろいろな「遊び」要素が盛り込まれているのを見て、自由で楽しい大会なんだなと感じました。

 

── ユニークですね!

 

益子さん:じつは、北川さんの奥さんは元実業団の選手。ご自身も高校時代に、怒る指導を受け、それがすごくつらかったそうです。指導に悩みを抱えながらも、「みんなを強くしなくては」というプレッシャーから、ご自身が嫌っていた怒る指導をしてしまい、それにすごく悩まれ、チームを解散。新たにチームを結成したタイミングでした。ですから、「怒ってはいけないルール」に、すぐ賛同してくださったんです。

 

大会当日、開会式で「じつは、この大会にはルールがあります。監督は…怒ってはいけません!」と宣言したところ、監督さんたちからは、一斉に「え〜っ!」とザワザワし始めました。逆に、子どもたちは「やった〜!」と、大喜びでしたね。

監督からの反発も「参加チームは増えるいっぽう」

── 監督さんたちから、反発はなかったですか?

 

益子さん:最初はありました。監督が怒ったら私が注意しに行くのがお約束。「いま、怒りましたね~?」と言ったら、「いや、怒ってないし!」と逆ギレされることも。だから、2年目はどのチームも出てくれないかもしれないなと思っていたのですが、なんと1回目よりもチーム数も増えて、最終的には50以上のチームが参加してくれました。子どもたちから「楽しかったから、また出たい!」という声がたくさん上がっていたのだそうです。

 

じつは最初の3年くらいは、このルールがバレるのがイヤで、大会のことを発信しませんでした。協会や監督たちから、「なにバカなことやってるんだ」と叩かれると思ったんです。実際にSNSで、関西のある監督さんから「そんなことをされると、怒れなくなるじゃないか!」と苦情がきたこともありました。

 

── 「監督が怒らない」をルールにしたことで、子どもたちの反応はいかがでしたか?

 

益子さん:試合中の表情がイキイキとして、すごく明るくなりました。監督さんたちのなかには、ハイタッチやガッツポーズをしたことがなくて、ダメ出しをするだけの人も多かったんです。「監督がハイタッチなんてやったら、なめられる!」と身構えていて。ですから、「ハイタッチにチャレンジしましょう」と提案し、子どもたちには、「サーブポイントをとったらベンチまで戻って来てね」と伝えました。

 

すると、不思議なことに、みんなどんどんサーブポイントを取るようになり、跳ねるようにベンチに戻ってきて、嬉しそうにハイタッチをしていました。試合後、「何が一番楽しかった?」と聞いたら、「監督とハイタッチした〜!」とか「監督が笑顔で喜んでいて嬉しかった!」と。なかには、「大人たちが楽しそうでよかった」という子もいましたね。

「怒らない」よさに気づき始めた一方で大きな課題も…

──「大人たちが楽しそうでよかった」なんて、なんだかせつなくなります。

 

益子さん:子どもたちはすごく素直ですから、それだけ大人たちが不機嫌そうに見えるのでしょう。大人が不機嫌なら、子どもたちは不安だし、楽しめないですよね。それに、監督に怒られないから、安心していろんなプレーにチャレンジするんです。

 

── 失敗を恐れずに挑戦できるわけですね。

 

益子さん:みんな本当は、漫画の『ハイキュー!!』で見たプレーをやってみたいんですよね。でも、そんなことをふだんの試合でやったら、「なにをふざけてるんだ!」と怒られてしまう。だから、「チャレンジしてごらん!」というと、みんな本当に楽しそうにジャンピングサーブをしてみたり、いろんな技に挑戦し始めました。

 

── 子どもにとって楽しい成功体験になりますね。一方で、監督さんたちには、どんな変化がありましたか?

 

益子さん:最初のころは、なかなか難しい場面もありましたが、続けていくうちに、だんだん監督さんたちのなかに「自分たちも変わらないといけない」雰囲気が芽生えていきました。私が監督に注意するときには、なるべくプライドを傷つけないように、穏やかな口調で笑顔を見せながら伝えるようにしています。もともと「怒る指導」に疑問を感じていた方も多く、心の準備ができていたのだと思います。

 

── 背中を押すきっかけにもなったのですね。

 

益子さん:ただ、残念なこともありました。8年間ずっと大会に出場していたチームが、突然、不参加に。監督さんに理由を聞いたら、「全国を狙えそうだから」と。「狙えばいいじゃないですか!」と言ったら、「そのためには怒らないと勝てないから」とおっしゃって。「怒りを使わないと強くならない」価値観に戻ってしまったことが残念で、もったいないなと思ったんです。

 

同時に自分の責任を感じ、反省しました。当時はまだ、私自身が「怒りを使わず、どんなふうに指導すればいいか」の答えを持っていなかったんです。一方的に、「怒ってはダメですよ」と言ったところで、監督さんたちにとっては「じゃあどうすればいいの?」となりますよね。そこから、本格的に学ぶ必要があると痛感しました。

 

50歳で病気をしたのをきっかけに、指導の方法や心身について、いろいろと学び始めました。いまでは、アンガーマネジメントやコーチングなどの研修を開くなど、指導者の方々と「一緒に学びましょう」というスタンスで、活動を続けています。

 

PROFILE 益子直美さん

ますこ・なおみ。1966年、東京都出身。中学入学と同時にバレーボールを始め、共栄学園高校3年の時にバレーボール日本代表に入り、その後、世界選手権などに出場。1992年に現役引退後、タレントやスポーツキャスター、指導者として活動。2015年から「監督が怒ってはいけない大会」を主催。2021年に日本バレーボール協会理事に就任。2023年、女性初のスポーツ少年団本部長に就任。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/株式会社サイン