能動的に涙を流すことでストレスを解消するという「涙活」。「気軽に心のデトックスができる」と広く知られるようになった昨今ですが、涙活講師として活動する橋本昌人さんは「ただ涙を流せばいいというものじゃない」と言います。その真意とは?(全3回中の2回)

「玉ねぎを切ったときに出る涙」では涙活にならない

── 「涙活」という言葉が登場したのが、2013年。その頃と比べると、現在は認知度がさらに高まっていますよね。

 

橋本さん:昔はよく、「涙を流したら、恨みも憎しみも全部流れていく」などと言ったものですが、実はこれは事実です。涙を流すことで、妬ましい気持ちや恨みといったネガティブな感情が軽減されるといった科学的なデータも出ています。

 

ただし、玉ねぎを切ったときや目に虫が飛び込んでくるなど刺激を受けたときの「反射の涙」と、私たちの目を保護する「基礎分泌の涙」は別。この2つの涙は、どれだけ流してもストレス解消効果があるわけではないんです。

 

ストレスを和らげてくれるのは、「情動の涙」。いわゆる感情が高まったときに流れる涙のことです。なかでも効果が高いのが「感動の涙」です。

 

涙活講師の橋本昌人さん
各地で涙活の講演を行っている橋本さん

── 涙なら、なんでもよいわけではないのですね。

 

橋本さん:涙には、いわゆるストレスホルモンといわれるコルチゾールという副腎皮質で作られるホルモンが含まれますが、泣くことはストレスホルモンの排出にもなります。東京女子医科大学の研究結果によると、血液中のストレスホルモンを調査したところ、泣く前よりも泣いた後のほうが、ストレスホルモンが減ったそうです。

 

情動の涙のなかでも、とくに流してほしいのが、「共感の涙」です。そんな共感の涙をもっとも流しやすいのが、私は手紙だと思っているんですね。

手紙で「共感の涙」を流すことで人も自分もゆるせるように

── 手紙は、「共感の涙」を呼びやすいと。

 

橋本さん:そう思っています。誰かのエピソードを聞いて、その人の心に触れ、自分のことのように感じて涙を流す。手紙を使った涙活にこだわって活動しているのは、そんな理由からです。

 

人にはいろんな部分があって、一見、元気で強くみえても、実は苦しさを抱えていたりします。手紙を通じていろんな人のリアルなドラマに触れ、共感の涙を流していると、だんだん人間が愛しく思えてくるんですよね。すると、「疎遠になっていたあの人に連絡してみようか」とか「過去にゆるせない出来事があったけれど、ゆるしてみようかな」という気持ちになったりもします。人をゆるすことは、これまでの自分をゆるすことにも繋がりますから、心が解放される感覚が味わえます。

 

寺院での涙活の講演の様子
寺院や病院、警察からも講演依頼が届く

──「みんな何かを抱えて生きているんだな」と感じられると、他人に対するまなざしが優しくなりそうですね。

 

橋本さん: そうですよね。自分の心が弱っているときに、SNSなどでキラキラと満たされた投稿を目にすると、なんだか惨めになってコンプレックスを抱いてしまうことってあると思うんです。

 

かつて私も、心が荒んでいるときに、そういう人を見るとコンプレックスの塊になって、「みんなうまいことやってんな。人生つまづいてんの、俺だけやん」などと思っていました。でも、手紙の涙活を続けるうちに、「実は、みんないろんなものを抱えながら、それでも頑張って生きているんだな。つらいことがない人なんていない」と気づかされ、人をむやみにうらやむ気持ちがなくなりました。

手紙を書くことで自分の心と向き合う

── 橋本さんの涙活では、手紙を朗読するだけでなく、実際に手紙を書いてもらうこともあるそうですね。自分の心と向き合うことで、いろんな気づきもありそうです。

 

橋本さん:思いを手紙にしたためることで、気持ちが整理されていくという声はよく聞きます。印象に残っているのが、在宅で認知症の親御さんを介護していたある女性がお母さんに宛てた手紙です。

 

大好きだったお母さんが認知症になり、娘のことがわからなくなって、「どなたさんですか?」と言うようになってしまったそうです。あんなに愛してくれた母が、自分のことを忘れてしまった。それがつらくて、嫌でたまらなかった。認知症の母の介護に向き合う日々にストレスがたまり、気づけば、しかめっ面になっていたと言います。

 

そんなあるとき、ご主人から「どんなに認知症が進んでも、目の前にいる人が笑顔かどうかは伝わるものだよ」と言われたそうです。目の前にいる人が誰かはわからないけれど、相手の表情が優しげにニコニコしているか、しかめっ面の不満顔かは、症状が進んでもわかるのだと。

 

その言葉を聞いて、忘れていた昔の出来事を思いだしたそうです。子どもの頃にいじめにあったときも、心が疲れてしまったときも、ずっとお母さんの笑顔で救われてきたこと。それなのに自分は、認知症で苦しんでいるお母さんに、ずっとしかめっ面で向き合ってしまった。ごめんね、お母さん。これからは笑顔でいるからね──。手紙には、そんな言葉が綴られていました。

 

手紙には、いろんな人生の局面が濃縮されています。それを皆さんと共有して、共感する「涙活」はライフワークとしてずっと続けていきたいと思っています。

 

PROFILE 橋本昌人さん

涙活講師。1965年生まれ。大阪府出身。大阪芸術大学芸術学部放送学科卒業。放送作家として数々の企画や番組などに携わる。吉本興業のお笑い芸人オーディション審査員の仕事を通じて多数の芸人を輩出。「笑い」を学術的に研究・調査する全国組織「日本笑い学会」理事。これまで延べ1 万人以上に涙活の講義を実施。著書に『なみだのラブレター』(ヨシモトブックス)。

 

取材・文/西尾英子 写真提供/橋本昌人