大学を卒業後、約20年芝居を続けていたエド・はるみさん。そこから畑違いのお笑いの道へ。さらに40歳を過ぎても続く、挑戦と覚悟を聞きました。(全4回中の1回)
希望を捨てず愚直に歩み続けた芝居の世界
── お笑い芸人になるまで20年以上、女優としてキャリアを積んで来られましたが、女優を志したのはいつごろからですか?
エドさん:私は小さいときから人前で表現するのが好きでした。自分でコントを作ったり、先生のモノマネをしたりして、みんなが笑ってくれるのがとても嬉しくて。
でも、進路を決めるときには笑いではなく、演劇学を専攻する大学に入学し、サークルで演劇に打ち込みました。将来は女優になり一生芝居をやって行く覚悟でいたので、大学卒業と同時に、某歴史ある劇団の研究生になりました。
でも、研究生の生活は1年で終わってしまって。それからまたどこかの劇団員にではなく、自分がすぐに舞台に立ち続けられるのは何かと考え、「一人芝居」を始めました。
自分で台本を書き、演出・出演・制作・資金作りまですべてを背負い約20年間、全10本の舞台を、ひたすらいつか誰かが見出してくれることだけを信じてやり続けました。
── 事務所に所属せず、すべてご自分でやってきたのですね。
エドさん:事務所に入りたくても、まず芸能界では“この“事務所に入る”こと自体が、至難の技です。ですから、ほとんどの人はまずどこかの劇団に入ります。
しかし、そこでまた世の中に売り出せるマネジメントのパイプがないと、さらに難しい世界です。そこで舞台活動をしながら、ドラマや映画の仕事で認められ、世の中に出て行ける人は本当にひと握りではないでしょうか。
私も例にもれず何のツテもありませんでしたが、とにかく思いを「形」にしなければと、“一人芝居”を打ち続けました。けれどそこで20年苦労して心底痛感したのは、「まず事務所に入らないと、話にならない。世の中には出られない」ということでした。
40歳でNSC入学「しかし、周囲は20代ばかり」
── 芝居一筋のエドさんが、お笑いの世界に舵をきったきっかけは?
エドさん:20年以上芝居を続けてきて、40歳になるころに初めて立ち止まりました。そして、「原点に戻ろう」と思いました。
じゃあ私の原点は何か?それは、小さいころ、自分が何か表現することでみんながワッと笑ってくれた、あのときに感じた湧き上がる喜び。なにか自分が丸ごと認めてもらえたような、あの喜びを感じられる原点に立ち返りたい、と思ったんです。
しかしそうは言っても、40歳過ぎの、しかも無名の人間を入れてくれる事務所などあるはずがありません。もう絶望しかない状況です。けれどそんなとき、たまたま奇跡的にインターネットで吉本興業のNSC(吉本総合芸能学院)という養成所が、東京にもあることを知ったんです。
あの吉本が東京に?吉本と言えば「大阪」だと思い込んでいたのに。それが東京にもある?しかも、その東京NSC卒業業生リストには、品川庄司さん、森三中さん、インパルスさんなど、いまをときめく先輩たちがたくさん載っていました。
あぁ、ここで頑張って認められれば、もしかしたら吉本に入れるかもしれない!と、やっと一筋の希望の光が射したんです。
── NSC入学を決意するにあたり、迷いはありませんでしたか?
エドさん:迷いというより、希望のあとすぐに「恐怖」が襲ってきました。だからすぐに「イヤイヤ、ムリムリ」と、自分でその考えを打ち消しました。そんな若者ばかりの中に40代で?しかも、そんなすごいエネルギーの中に飛び込もうだなんて、もう恐怖しかないですよね。
誰にも相談しませんでしたが、でもその背中をひとりだけ押してくれた人がいて「いまここで行かなければ去年と同じ1年だよ」と言ってくれました。「それだけはイヤだ」と思いまして、それで心が決まりました。そう言ってくれたのが、夫です。
── 心に響く言葉ですね。
エドさん:気持ちが決まってからは、これが本当に最後の挑戦ということで、役者のほかに生活のためにしていた、時給の高かったパソコンやマナー講師の仕事もすべて辞めました。
そしてこれがもう本当に最後。悔いのないよう必死で努力して、それでも売れなかったらこれまでの夢はすべて捨てて、ふつうの生き方をしようと初めて思いました。まさに崖っ淵でしたね。
この経験から、「つぎの道が拓けるとき」というのは、自分自身の恐怖に打ち克って、それまでの何かを捨てることができたときなのかもしれません。再びそうなれればと思っています。
願書には28歳と記入「最後のチャンスと思って」
── NSC(吉本総合芸能学院)の入学はスムーズに認められたのですか?
エドさん:当時、応募要項の年齢制限には「18歳以上」としか書いてありませんでした。実際の応募者は20歳前後の若者ばかりでしたから、その表記で問題なかったのだと思います。
でも私は、「年齢制限の天井がないということは“何歳でもOK“」と理解しました。そこで本当はいけないことですが、年齢欄に40歳ではなく「28歳」と記入して願書を出しました。
実際に会って2次面接で落ちるのなら、あきらめもつきますが、数字(年齢)だけを見て「いや、ババアやないか!」と落とされるのだけはどうしてもイヤだと。最後のチャンスですから。
── 28歳…。面接官はどんな反応でしたか?
エドさん:受験するのは20歳ぐらいの若者ばかりですから、私は付き添いのお母さんだと思われて「保護者の方はこちらです」と促され、「あ、…私も受験者です」と(笑)。
面接では当然、「あれ?28歳じゃないですよね?」と言われて、「28歳です」と。「いや、いま、本当の年齢を言ってもらわないと困ります」と言われ、本当の年齢を言いました。
すると、「オモロイやないか!」と言っていただき、合格しました。吉本は本当に懐の深い事務所です。ちなみに私以降、NSCにどんどん高齢の方が受験して、入学するようになったんですよ。
PROFILE エド・はるみさん
17歳で映画デビュー後、約20年間女優として活動。2005年に笑いの道に転じ吉本興業の養成所へ。2008年持ちネタの「グー!」で流行語大賞を受賞。2016年4月慶應義塾大学大学院の修士課程入学。今春、筑波大学大学院博士課程に合格し、現在は、研究中心の生活を送る。
取材・文/岡本聡子 写真提供/エド・はるみ、吉本興業株式会社