人気バンド「THE BOOM」のボーカリストとして『島唄』『風になりたい』など誰もが口ずさめる名曲を世に送り出した宮沢和史さん。2024年にはデビュー35周年を迎えます。紆余曲折を経て音楽活動を復活した宮沢さんの今の目標とは。(全4回中の4回)

いい曲はどんな人でも許す懐の深さがある

── 来年はデビュー35周年ですが、宮沢さんはこれまでに多くの名曲を世に送り出していますね。

 

宮沢さん:いい曲っていうのは門が広い曲だと思うんです。誰でも入ってこられる、誰でも自分の経験に当てはめることができる。そして、どんな人でも許す懐の広さがある。僕はそういう曲を書きたいと思っているけれど、なかなか書けないんですよね。

 

あと、本当にいい歌っていうのは物語があって、生まれてくる理由があると思うんです。誰かが家でパッと作ったものではなくて、物語が導き出して歌になっていく。シンガーソングライターはそれをオーガナイズ(編成)する役割のようなもの。『島唄』を評価していただいているのも僕への評価というより、沖縄というところの歴史や悲しみ、叫び、過去から現在、未来へと続く物語を皆さんが聴きたいということだと思っています。

 

コンサートに臨む宮沢和史さん
コンサートに臨む宮沢さん。気迫のこもった表情!

──『島唄』や『風になりたい』などは、今や日本のスタンダードになっています。

 

宮沢さん:『風になりたい』も多くの方がいいと言ってくれるんですが、僕も気に入っています。94年にリオデジャネイロに初めてひとり旅をしたんですけど、イパネマという海岸でメロディを思いついたんですね。

 

ブラジルというところは日本人の物差しでは計れない国で、貧しい人はとことん貧しいし、ひと握りのスーパーリッチな白人が国を牛耳っていたりする。拳銃を持っていたり、泥棒したりしながら暮らしている子どもたちも少なくなくて、社会も経済も安定はしていない。

 

でも、彼らの持つ人間力はすごくて、いくら貧しくても危険にさらされていても生まれてきたんだから、この人生を活き活きと生きるぞっていうエネルギーが満ちあふれているんです。悲しみは根深くても、その上に咲く花がものすごく美しい。それをブラジルで目の当たりにして、ブラジルに流れる音楽から感じて。あのリズムに僕らが抱いている苛立ちや希望を乗せたら、日本の等身大の音楽になるんじゃないかと思いました。

 

歌詞は日本で書いたんですが、僕なりの物語から生まれたので、完成したときは胸が熱くなりましたね。ただ、それも僕が作ったというよりブラジルという国の人間力、エネルギー、物語を僕が翻訳したというふうに捉えています。だから、僕はよく旅をしながら、驚いたことや泣いたこと、感動したこと、怒ったことなどを自分の曲に翻訳していくっていうやり方を続けてるんだと思いますね。

 

宮沢和史さん
ブラジルでの熱気あふれるコンサートの様子

── 生身の体験から生まれた歌だから、私たちは感動するんだと思います。

 

宮沢さん:今は旅をしなくてもネット上で世界中の人と繋がれるし、ある国のある町のすごく才能のある歌の上手い子を世界中の何億人が見ることができる時代です。実際旅をしなくても共通の体験やメンタリティを持つことができる時代に様変わりしたのは、これはこれでおもしろいと思う。

 

でも僕はこのシステムに乗る年齢でもないし、同じようにはできないので、こういう社会の中から若い世代が次世界を予感させるメッセージを発してくれるのを楽しみにしていますね。そして僕は相変わらず旅をしながら、曲を作っていこうと思います。

自分が歌う歌もなかなかいいんじゃないかって

── それが宮沢さんらしいと思います。

 

宮沢さん:心に訴える音楽には、物語が絶対あるはずだから、それが何だろうっていうのが僕はどうしても気になるんです。沖縄に最初に行ったときも、こんな美しい沖縄民謡を作る人たちってどんな人たちだろうと思ったのが始まりでした。ブラジルもそう。今年の8月に4年ぶりにブラジルとアルゼンチンとペルーを回ってきたんですが、やっぱりすごいエネルギーをもらって帰ってきました。

 

宮沢和史さん
『島唄』をカバーしたアルゼンチンのミュージシャン、アルフレッド・カセーロさんと

── お話を伺っていると今、とてもいい状態だということが伝わってきます。

 

宮沢さん:自分が歌う歌も今、なかなかいいんじゃないかと思うんです。声も表現力も。普段あまり自分で自分を褒めることはないんですけど、最近のライブはとても満足しています。

 

── 音源だけでも、歌声が若々しくなって、ほど良く肩の力が抜けた印象を受けます。

 

宮沢さん:そうですね。来年はデビュー35周年の記念ツアーをやります。過去の曲も新しい曲もやりますが、今シンガーとしてとてもいい精神状態なので、これまでの歴史の中でも屈指のステージができるんじゃないかという自信があります。きっといい35周年になる気がしますね。

 

PROFILE 宮沢和史さん

1966年生まれ。山梨県出身。1989年、THE BOOMのボーカリストとしてデビュー。国内外を旅し、様々な‘音楽のエッセンスを取り入れた独自の音楽を創造し続けている。著書に『沖縄のことを聞かせてください』(双葉社)他多数。

 

取材・文/原田早知 写真提供/宮沢和史