芸人デビューすると一気に知名度が上がったNON STYLE石田さん。M−1で優勝するもメンタルは病み、次第に電車や自転車にも乗れなくなったと言います。(全4回中の2回)

 

※本記事は「うつ」などに関する描写が出てきます。体調によっては、ご自身の心身に影響を与える可能性がありますので、閲覧する際はご注意ください。

自転車の乗り方さえわからなくなった

── NON STYLEを結成すると、すぐに人気が出たそうですね。

 

石田さん:路上ライブを始めたらお客さんがどんどん集まって、雑誌や新聞の取材を受けたり、学園祭のオファーも来ましたね。

 

── その後、吉本興業に所属してM-1も優勝されました。

 

石田さん:僕はただ漫才をやりたかっただけなんです。でも知名度が上がると共にフリートークやゲームといった漫才以外の仕事が増えていき、得意じゃない分野の仕事ばかり多くなるんです。まわりの人が面白いと言ってくれても、それはNON STYLE石田のキャラクターを演じているから。自分自身が面白いわけではないんです。

 

── 心身にも変化が出てきたそうですね。

 

石田さん:徐々にどもりがひどくなりました。手がしびれるような感じがしたり、夜も眠れないし、呼吸の仕方がわからないときもありました。家にいてもふとした瞬間にベランダのほうに引っ張られるような感覚があり、怖くて鳩よけネットを設置しました。

 

通勤にも問題が出てきました。最初は実家から仕事場の劇場まで電車で通っていましたが、駅のホームで電車を待っているときに突然、線路のほうに引っ張られるような感覚がしたんです。怖くなって自分の腰とベンチにカラビナをつけて、衝動を抑えるようにしました。次第に電車にも乗れなくなってバイク通勤にしましたが、今度は道路の途中にあるガードレールにぶつかりたくなるんです。危機感を感じて劇場の近くに引っ越しをして自転車で通勤しましたが、しまいには自転車の乗り方さえわからなくなってしまいました。

 

自宅から出ることすらつらくなり、やっとの思いで心療内科に行きました。そこでうつと診断されたんです。

 

娘さんと

── それから定期的に病院に通うことになったのでしょうか?

 

石田さん:はい。最初は処方された薬すらルール通りに飲めなくて、今が夢か現実かがわからないときもありました。タイタニックのDVDをたくさん借りていたり、劇場でのトークコーナーでも5分ぐらい固まったままだったこともあったようです。

 

── 相方の井上さんには何かお話されたのでしょうか?

 

石田さん:うつの薬を飲み始めたと伝えたくらいです。井上からするとハートが弱い。もっと鍛えろみたいな感じだったと思いますし、薬を飲んでいることも甘えやと思ったかもしれないです。ただ井上はなんとか僕のことを立ち直らせないと、とは思ってたみたいですが、薬を飲んでるからよけいなことはいわれへんみたいな感じでした。

まずは劇場まで行けたらOK

── うつになってから、気持ちに変化はありましたか?

 

石田さん:病院に通っているうちに気持ちが楽になってきました。また、通っていた心療内科の先生と、ブラックマヨネーズ吉田さんの言葉によって、救われたなという気がします。

 

病院の先生には、自分に期待しすぎていると言われました。学生時代、目立たず地味な日々を送っていた僕が、今では芸人としてステージに立っている。芸人になりたくても叶わない人が多い中で、先生は僕が既に目標を達成しているのではないかと話してくれました。これからは目標を小さく設定しよう。たとえば、ネタを作るときも1日1回ノートを開けたらOK。翌日は劇場まで行けたらOK。その次の日は誰か1人に声をかけて大きな声が出せたらOK。そんなふうに先生と話しながら少しずつ回復のステップを踏んでいけたような気がします。

 

── 吉田さんとは、どんなお話をされましたか?

 

石田さん:吉田さんはM-1で優勝した後で、今以上に忙しい生活を送っていました。吉田さんに自分のうつの話をしたら、吉田さんもひな壇で手が痺れる。夜寝るときに呼吸の仕方がわからないと僕と同じような症状があると話してくれたんです。吉田さんは人としてポテンシャルも高いしフィジカルも強い。吉田さんみたいな才能がある人でも自分と同じ症状が出ていると知り、吉田さんに比べてメンタルも芸もまだまだな自分なら、それはうつになるわ、と思ったらすごく安心したんです。

薬を手放すまでの時間

生まれて間もない我が子を抱いて

── ご両親は、石田さんにうつの症状があったことは知っていたのでしょうか?

 

石田さん:何度か病院に通っていたら、たまたま国民健康保険の利用明細書が実家に届いて母に心療内科に通っていることがバレたんです。親に知られてかなりショックでしたが、心に隙間ができてよかったかなと思います。病院の先生にもまわりの理解が重要だと言われて気持ちが少しやわらいできました。

 

── 今は、体調はいかがでしょうか?

 

石田さん:薬を飲まなくて問題なくなりました。結婚する前、奥さんと付き合っているときも薬が手放せなかったのですが、彼女が「薬を預かっておくから不安になったらいつでも電話して。必要なときにすぐにもって駆けつけるから」と言ってくれたんです。その言葉通り、彼女は僕がLINEしたらすぐに返信してくれて、それが安心感につながり、気づいたら手放せていました。ここまで来るのに1年くらいかかりました。その後、奥さんに「そういえば、薬はどうしたの?」と聞いたら、どこに行ったんだろうって(笑)。今は奥さんや子どもたちの存在が僕の安定剤です。

 

PROFILE 石田 明さん

大阪府出身。学生時代の同級生、井上祐介とNON STYLEを結成。三人姉妹の父親として、2020年から週休2日の働き方を取り入れる。ブログ「NON STYLE石田明オフィシャルブログ」やInstagram「nonstyle_ishida」でも発信中。

 

取材・文/間野由利子