笑いが絶えない家で育ったという井上順さんですが、実は数年間養子に出された経験も。それでも「苦労したなと思ったことは一度もない」と言いきれるのは、なぜなのでしょう。(全4回中の2回)

何事も自分ひとりじゃ成り立たないから

── 幼いころから人を楽しませることが好きだったのですか?

 

井上さん:人を楽しませたいというより、不愉快にはしたくないという気持ちのほうが強いですね。たとえば取材ひとつでも、いい時間を共有してたりないところは引っ張ってもらって、いい形で記事ができたらいいなと、そういう気持ちで現場に来るのね。どんな仕事でもそう。自分ひとりでは成り立たない。優しい眼差しを向けてくれる方たちから、心の安らぎをもらう。ありがたいな。いつもそういう気持ちでいます。

 

井上順さん
でんすけすいかでボーリング!?いつもユーモアを忘れない井上さん

── こちらこそ、井上さんの優しい笑顔や言葉から安らぎをいただいています。

 

井上さん:会話やコミュニケーションっていうのは、殺伐としたなかではいいものは生まれないですよね。どこかに余裕があったり、お、直球で来たか? カーブで来たか?なんて楽しみながら、ゆっくりと「この人はこんな人なんだな」っていうのを感じていくと上手くいくと思う。

 

── ここ数年は人と人との関係性が希薄になりがちだったので、重みを感じます。

 

井上さん:今はドラマの現場に行っても「おはようございます」「お疲れ様です」で終わってしまうことが多くて、ちょっと寂しいですね。むかしはその日の撮影が終わったら、みんなで食事に行くのが恒例だったから。そこでお芝居だけじゃない、人との交わりや繋がりを教えてもらった。

 

やっぱり時代がよかったんだよね。僕の(子ども)時代は、家より外で遊ぶことが多かった。チャンバラとか野球とか、みんなが交わって泥んこになって遊ぶ。通りがかりの知らない子にも声をかけて仲間に入れたり。そういうふうにみんなが交わるっていうことを教えてもらいましたね。

笑いが絶えない井上家から一時養子に出されるも「快食快眠」

── 井上さんがすごいのは、そういった体験で培われたコミュニケーション能力がエンターテイメントにまで昇華してるところだと思うんです。

 

井上さん:そこは、子どものころから、ある程度形成されていたのかなと思います。うちの両親は海外の映画や音楽がすごく好きで、鑑賞に出かけるとき、いつも僕も連れていってくれたんです。僕には年の離れた兄と姉がいるんですが、ふたりが学校へ行っているあいだ、小さい末っ子をひとり置いておくわけにもいかなかったんだろうけれど。出演者が笑ったり泣いたりしているのを見て子どもながらに感動してね、家に帰って兄さん姉さんに身振り手振りで伝えていたんですよ。

 

井上順さん
母の日の一枚。肝っ玉かあさんだったというお母様の写真と

── 仲のいい家族の情景が浮かんできます。

 

井上さん:家の中には、いつも笑い声がありました。両親が笑ってると、意味がわからないながら僕も笑ってた。温かい家庭で、笑顔の自分がそこにいたなっていう記憶がありますね。

 

僕が5歳ごろ、両親が離婚したんです。母親は当時としては男勝りな人で、会社を立ち上げて自分で仕事すると決めていてね。子どもたち3人も母が引き取って、しばらくは良かったんだけど、そのうち状況が厳しくなってしまったようで。兄さん姉さんは小学校高学年で、ある程度自分のこともできるけど、僕はまだ小さくて手がかかる。それで、僕だけ知人の家に養子に出されることになったんです。

 

── そんなことがあったんですね。


井上さん:でも、涙の別れとか、そんなんじゃないんですよ。母も「すごく良いところよ」ってカラッとしていたし、僕もそのお宅にお邪魔した日から快食快眠(笑)。お姉ちゃんもいてね、温かい素晴らしい家族だった。

人生で「苦労したな」と思ったことはない

── 内心、寂しくはなかったですか?

 

井上さん:そうだねぇ、母親の事情がわかっていたから「この人たちが自分の家族なんだ」と言い聞かせていたところはあったかも。でもね、井上家にも負けないくらい温かいファミリーだった。7年くらい面倒を見てもらったんだけど、みんな仲がよかったし、ここでも温かいものをたくさん頂戴しました。中学に上がるころ、母親の会社も軌道にのって、井上の家に戻ることになったんです。

 

── そのときは、どんな気持ちでしたか?

 

井上さん:僕は幸せだな。こうやって多くのお父さんお母さんに恵まれてるんだって思いましたね。この仕事に入ってからも、素晴らしい兄貴分、姉貴分、おふくろ的な人たちとの出会いがあって、ここまで来れたんだと思います。

 

井上順さんと加藤茶さん
親友の加藤茶さんとの仲睦まじい一枚

── 素晴らしいですね。単純なポジティブ思考ではくくれない捉え方だと思います。

 

井上さん:人生のなかで、苦労したなという記憶がないからね(笑)。きっと、嫌なこともあったんだと思う。でも、嫌なこととは受け取らないたちなんですよ。嫌なことがあったら、逆を考えればいいんです。「なるほど、こういう形で大事なことを教えてくれてるんだ」ってね。

 

PROFILE 井上順さん

1947年東京都渋谷区生まれ・在住。16歳でザ・スパイダースのボーカルとしてデビュー。軽妙で気さくな個性を活かし、歌、芝居、司会、舞台など多方面で活躍。2020年1月、渋谷区名誉区民に顕彰。同年4月に開設したX(旧Twitter)が幅広い層から人気を得ている。著書に『グッモー』(PARCO出版)がある。

 

取材・文/原田早知 写真提供/井上順