15歳でアイドルとしてデビューした中山忍さん。同時に、話題のドラマ出演に抜擢されるなど瞬く間に人気を集めていきましたが、当時は思わぬ苦労もあったそう。デビュー当時のお話をお聞きしました。(全5回中の2回)

 

女優の中山忍さん

仕事で海外に行く姉の見送りで成田空港へ行ったら

── デビューのきっかけを教えてください。

 

中山さん:私が小学6年のころ、3歳年上の姉が芸能界にデビューしました。当時は、まさか自分まで芸能界に入るなんて思ってもみなかったのですが。

 

中学2年のとき、姉が初めて仕事で海外へ行くことになって、見送りに行ったんです。成田空港なんて行ったことがなかったから興味もあって。そのときディレクターを担当していたのが後の吉田啓一郎監督でした。

 

吉田さん、家族と空港の喫茶店に入ってアイスクリームを食べていたら、吉田さんから「いくつなの?」「部活やってるの?」とたくさん質問をされて。私は「なんかいろいろ聞いてくるおじさんだな」と不思議に思いながら答えていたんです。

 

その後、しばらくしてから「ドラマに出てみませんか?」と声をかけていただいたのが始まりです。結局、最初に出演したのは吉田さんが担当するドラマではなかったのですが。

 

女優の中山忍さん
お姉ちゃんを見送りに成田空港へ行ったことから人生が一変

── スカウトはアイスクリームを食べながら、だったんですね。

 

中山さん:そうなんです。ちょうど高校受験の時期だったのですが、芸能活動に寛容な学校がいくつかあって。私はそのうちのひとつの高校に進学することになりました。

 

高校生になるまでにオーディションを受けたりもしていたんですけど、ちゃんと芸能活動を始めたのは高校1年のとき。夏のドラマに出演させていただいてから、その年の11月に歌手デビューしました。

芸能界ってキラキラしてるんじゃ…?デビュー直後に挫折味わい

── スカウトから1年経ってデビューされたんですね。

 

中山さん:はい。でも、最初のころは「思ってたのと違う」とモヤモヤしていました。テレビで観る姉や芸能界はいつもキラキラして楽しそうだったのに、実際はうまくいかないことばかりで。

 

取材では「これが好きなんですか?」などと質問されても「はい」で終わっちゃって会話が続かない。当時は思うように話せなかったし、話さなかったんです。話したくなかったというか。

 

── 話したくなかった、というのは?

 

中山さん:15歳でデビューした当初は「中山美穂の妹・忍」が代名詞でした。でもそれだと当然、私より「中山美穂」のインパクトのほうが大きくて。「じゃあ、中山忍はどこにいっちゃうんだろう」と途方に暮れる思いもありました。ひとつの大きな挫折というか…「あれ?」って。

 

ちょっとひねくれていたんです、10代のころ。取材で上手に話せるわけでもないし、デビュー当時に出演したドラマでも、自分じゃない人を演じるのが恥ずかしい、みたいな。写真を撮ってもらっても、「笑って」と言われるたびに泣きたくなったほどで。

 

中山忍さん
50歳を迎える今も若々しい中山さん。今年の1月の誕生祝いには愛犬とムーミンバレーパークへ(写真提供/中山忍)

── なぜ、「笑って」と言われると泣きたくなったのでしょう。

 

中山さん:なぜでしょうね…なんでも否定的にとらえていたのかもしれません。10代のころはいつもお姉ちゃんのことを聞かれるし、インタビューでもよく「ライバルは誰ですか?」って質問されて。「『姉です』って言わせたいんだろうな」と思うと余計かたくなになって、絶対に「姉」とは言わなかったです。ひねくれていたと思いますね。

 

当時は誰って答えてたかな…「いません」とか、はぐらかしてあんまり答えていなかった気がします。せっかくインタビューしてくださっていたのにね。

何かあるとすぐ「辞めたい」と言うひねくれ者

── まだ10代ですものね…。そんな態度を取るのもわかります。

 

中山さん:そのくせ「いい子でいたい」という気持ちもあったから、「その質問には答えたくない」とも言わなかった。だから、取材でまともに答えられなくても、まわりから注意されたりもしませんでした。でも多分、態度には出ていたと思います。

 

それが、17歳のときに今のマネージャーがついてからスパルタが始まりました(笑)。当時はマネージャーに対しても、何を聞かれても「はい」としか言わないし、車に乗った瞬間に耳にイヤホンをしていっさいしゃべらない。何かあるとすぐ「辞めたい」って言う…そんな子だったんです。

 

アイドル時代はバラエティやいろんな番組に出させてもらったのですが、いつも思っていることは言わず、ただ黙っていました。すると、マネージャーが「嫌なことは嫌って言っていいんですよ。10代とはいえ、もう仕事をしている大人なんだから。『これは嫌だけれど、こうならいいですよ』って代替案を出すのが大人だからね」とアドバイスをくれて。

泣いてばかりだった芝居の現場

── そんなマネージャーさんがそばにいてくれるのは心強かったでしょうね。

 

中山さん:でも、お芝居の現場だけは甘えを許してもらえませんでした。「できるまでやりなさい」って。泣いても、できるまで終わらせてもらえない。尊敬してやまない水谷豊さんの主演ドラマに出演したころはまだフィルムで撮っていたのですが、フィルム代って高いから、NGを出すとすごく怒られるんです。

 

怒られて泣いて、そうすると「泣くと目が腫れる」ってまた怒られて。当時はまだ少なかった女性スタッフに、「忍ちゃん、大丈夫?」って優しく声をかけてもらってまた泣いて…。

 

女優の中山忍さん
泣いてばかりだった演技の現場。ただ、その厳しさに強く惹かれたそう

でも、演技ができたときには認めてもらえて、大きな達成感と喜びを知りました。そうして「お芝居をやりたい」と強く思ったんです。

 

それをまわりの人に打ち明けると、「簡単じゃないよ」と言われました。女優になるということは、それ以外をすべて辞めることに等しいので。でも、みなさんわかってくれて。

 

同時に、そこから厳しい毎日が始まりました。それまではNGを出しても許してもらえていたのが、「『自分でやりたい』って言ったんだよね」って。みんな鬼の形相で私を見るようになって。「ひーっ!」って心の中で叫びながら必死でやっていました。でも、あのころ厳しく接してもらったからこそ今があるんだと思います。

 

PROFILE 中山 忍さん

1973年生まれ。1988年、ドラマ「オトコだろっ!」でドラマデビュー。出演映画「ガメラ~大怪獣空中決戦~」では日本アカデミー賞優秀助演女優賞などを受賞。以降、ドラマ・映画等幅広く活躍している。9月28日にはBS朝日4K時代劇スペシャル「無用庵隠居修行7」に出演。10月14日・15日にはデビュー35周年バスツアーを開催予定。

 

衣装クレジット:ベスト/テラ(ティースクエア プレスルーム) ニットワンピース/ヌナ(株式会社アンティローザ) シューズ/チャールズ&キース(チャールズ&キース ジャパン) ネックレス、イヤリング、リング/すべてアガット(アガット)

 

取材・文/高梨真紀 撮影/北村史成 ヘアメイク/佐々木博美 スタイリング/福田亜由美