昭和歌謡をレパートリーとする歌手であり、漫談を得意とする芸人としても活動するタブレット純さん。長髪に中性的なファッションに身を包んだルックスと、低音ボイスの甘い歌声が注目を集め、最近はテレビ出演も増えています。そんな純さん、以前は介護業界で働いていたそう。当時のエピソードをお聞きしました。

 

タブレット純さん
ファンの多くは女性だそう。リサイタルで笑顔のタブレット純さん(写真/御堂義乘)

介護の仕事は0点! 浴槽が持ち上げられず筋トレ

── 昭和歌謡の火付け役として注目を集め、『阿佐ヶ谷アパートメント』(NHK)など、テレビで見かけることも増えましたが、以前は介護の仕事に就いていたそうですね。華奢な純さんには大変な業務が多かったのではと思いますが。

 

純さん:そうですね。介護の現場では仕事ができる女性が多くて、あからさまに罵倒されたこともあります。僕よりもずっと年下の看護師さんがいたのですが、僕とは組みたくないと言われたり…。そこで初めて、自分はいかに世間では0点に近い人間かを思い知らされました。

 

── 介護の仕事は、心身ともに大変だったのですね。

 

純さん:古本屋の仕事はひとり店長みたいな形態で、気楽でした。世間の荒波にもまれずにすんでいる感覚もあって(笑)。でも、介護の仕事は失敗も多かったけれど、人とかかわるのは好きだったんです。介護の仕事から、ある意味、人生を学んだと思います。

 

── 子どものころから孤独を感じてきた純さんが、介護の仕事で人とかかわることの醍醐味を知ったのですね。でも、肉体労働の部分はとても苦手だったと。克服するためにどのような努力をされたのでしょうか?

 

純さん:当時はもう、下手したら人生をやめるか、介護の仕事に留まるしかない、という状況で。「やっぱり生きるしかない」と思って、介護をやっていく覚悟を決めました。かなりの方向音痴だったのですが、前日に道を覚えるようにしたり、体力をつけるために筋トレを始めたり(笑)。なんとか体力がついて、浴槽も持ち上がるようになりました。でも、いまだに浴槽が持ち上がらなかった夢を見るんです(笑)。

 

── 仕事で特に辛かったときのエピソードを教えていただけますか?

 

純さん:バイク事故で寝たきりになってしまった、体重が100キロ近くある男性を担ぐのはとにかく大変でした。

 

そもそも、ほかの介護職の男性はツワモノぞろいで、浴槽も一度に2つ持てるほど。そういう人は周りからも尊敬されていて、モテていました。それに比べると、僕は本当にダメでしたね…。

 

インタビュー中も控えめで優しい笑顔が印象的だった純さん

── 介護の仕事はいつまで続けられましたか?

 

純さん:実は、コロナ前まで続けていたんです。芸能活動が徐々に軌道に乗りはじめていたのですが、なかなかやめられなくて。そのときは、入浴介護ではなく訪問介護の仕事をしていたので、利用者に代わって買い物をしたり料理を作ったりしていました。自分でいうのもなんですが、老人には好かれていたので(笑)、介護の仕事に愛着が生まれていたというのはあります。

 

── 何かやめるきっかけがあったのでしょうか?

 

純さん:10年以上サポートしていた方が、コロナ禍で亡くなられたんです。100歳近い利用者さんだったのですが、その方が亡くなったタイミングで部署も閉鎖することになって。それがきっかけでやめたというのもあります。

介護の仕事のおかげで人生が変化

── 介護の仕事から学んだことはありますか?

 

純さん:いくつか部署を変わっているのですが、デイサービスで働いているときに人前でレクリエーションをしなければならなかったんです。またそこでもボロクソに言われたりして、難関が訪れたんですが…。でも老人との交流から、人の心をつかむためにはどうすればいいのだろうと悩み、試行錯誤しました。それが今のエンターテイメントに繋がっていると思います。

 

ピンクの華やかな衣装に身を包みファンからの歓声を受ける純さん

── 介護職に就く前にマヒナスターズに加入され、音楽活動を経験されていたそうですね。まさに真逆の仕事かと思いますが、当時はどのような生活をしていたのでしょう?

 

純さん:マヒナスターズ加入後は、ストレスのせいで酒浸りの生活を送っていて…。マヒナスターズに入った当初は、素人同然の状態からいきなりプロの舞台に立つことになったので、周りから「もっと背筋を伸ばせ」とか「氷川きよしさんみたいに歌え」とか、無茶ばかり言われて。そんな環境から逃避したくて、酒に頼ってしまっていたんですよね。

 

そこから救ってくれたのが介護の仕事だったのかなって思います。介護の仕事では芸能活動とは違って、弱っている方と直接かかわって、なんとか明るく前向きな気持ちにすることが求められます。そのためには背伸びをしてはいけないし、自分のダメな部分を隠さず接していると、相手も心を開いてくれるんです。

 

憧れのマヒナスターズに加入したばかりの28歳の純さん(写真左)

── 人前に出るのが苦手だった純さんに、変化が訪れたのですね。

 

純さん:結局、介護の仕事がひとつの転機になったなと思います。歌手の仕事は限界が来ていて一度やめたのに、デイサービスでレクリエーションを担当することでちょっと人生が楽しくなってきて。老人から教わることが多かったなって思います。

 

デイサービスで施設をまわっていたのですが、コロナ禍で行けなくなってしまったのが心残りで。この仕事がうまくいかなくなったら、また介護職を再開しようかなって思うこともあります。

 

PROFILE タブレット純さん

歌手・芸人。独特なスタイルの漫談で、数多くの劇場に登場。2023年には歌手として『銀河に抱かれて』をリリース。近年は『阿佐ヶ谷アパートメント』(NHK)や『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(文化放送)などにも出演し、活躍の場を広げている。

 

取材・文/池守りぜね