山登りをする小島聖さん
山登りをする小島さん 

20代まではドラマやCMで活躍して、都会的な生活を追求していた小島聖さん。30歳のときの外国での体験が人生観を変えますが、長年にわたり没交渉だった肉親の死も大きな影響を与えました。

川をみつけると思わず飛び込んだ

── 2018年に刊行されたエッセイ集『野生のベリージャム』にも書かれていますが、山では崖のようなところを登ったり、雷に打たれそうになったり、クマに遭遇しかけたりとかなり過酷な体験をされていますね。

 

小島さん:あえて過酷なことを選んだわけではないんです。当時知り合った人たちが一緒に行こうと誘ってくれたのが、そういう経験をする場所でした。怖いから行きたくないとは思いませんでした。たぶん、山の現実を知らなさすぎたから、行けたんだと思います。

 

これから行こうとしているのはどういうところで、どんなものが必要なのかなど、ネットを見ればいくらでも探せたんでしょうけれど、ほぼ調べませんでした。まず、マッターホルンに登りたいと思う。それで、知り合いにガイドの方を紹介してもらい、スイスまで訪ねて行く。そうしたら、ロープワークが必要だったとか、そんな感じです(笑)。

 

── 何日もお風呂に入れず、ドロドロになることにも抵抗はなかったですか?

 

小島さん:まったくなかったです。お風呂がないんだから、しょうがない。町に帰ればいくらでもシャワーを浴びられますし。でも、川を見つけると、思わず飛び込んでいました。顔も体もそこで洗いました。気持ちよかったです。今しかできない経験だから、存分に楽しみました。

 

聖岳の頂上での小島聖さん
聖岳の頂上での小島さん

もっと自分の名前が好きに

── これまで特に印象的だった体験は?

 

小島さん:この本を作るきっかけになった、アメリカのジョン・ミューア・トレイルを歩いたことです。山頂を目指すわけじゃない。ただ20キロの荷物を背負い、20日間かけて有名な国有公園をいくつも抜けていくロングトレイルです。でも、その「ただ歩く」ということが私は好きで、おもしろかったんです。

 

自分のことを人に伝えるのがあまり得意ではないんですが、この経験を人に知ってもらいたい、という気持ちだけで本を作りました。かけがえのない経験ができて、やってよかったと思います。

 

── 山登りを始めたころにお父様が亡くなったそうですが、小島さんのお名前は南アルプスの「聖岳」(ひじりだけ)が由来だそうですね。

 

小島さん:そうです。30歳で初めてネパールのトレッキングを経験したころ、父が他界しました。父は自然や登山が好きな人で、名前の由来を聞かせてもらったことはありましたが、それまであまり関心を持っていませんでした。

 

父が亡くなってから聖岳に一緒に登ってくれる友人と出会い、そこから山との関わりが広がっていきました。聖岳は可憐な花が咲き乱れる美しい山で、こんな素敵な山の名前をつけてくれたことに改めて感謝し、もっと自分の名前が好きになりました。

 

自然のなかで笑みがこぼれる小島聖さん
自然のなかで笑みがこぼれる小島さん

自然も都会も両方ある生活がいい

── お父様との思い出は自然にまつわることが多いですか?

 

小島さん:父は言葉や写真が好きで、絵を描いていたので、私がアートや本を好きになったのは父の影響だと思います。昔、美術館に棟方志功の版画の展覧会に連れていってもらった記憶があります。

 

父とは亡くなるまでの10年以上会っていなかったので、ごめんなさいっていう気持ちがありました。その後、聖岳に繰り返し登る時間もあったせいか、父のことは昇華されています。

 

今、子どもと生活していて思うのは、私が子どもに怒ったり伝えたりするのは、自分が子どものころに親から言われてきたのと同じだということ。いいことも悪いことも、無意識のうちにそういう瞬間があることに気づきます。

 

── ここ数年は、お子さんが産まれるなど生活環境が変わって、なかなか長期の旅には行けませんか?

 

小島さん:そうですね。子どもが産まれる前は、1か月、2か月と長いあいだ旅に出ていたこともあります。旅には必要最低限のものしか持たずに行くので不便ですが、すごく気持ちがいいし楽しい。だけど、帰る場所があるから、旅に出ることができていたんだと思います。

 

東京に帰れば、ちょっと綺麗な服装をしてアクセサリーもつけて、スタイリッシュなお店に行く。そういう時間があるから、山で汗だくになったり、雨に当たってドロドロになっても楽しい。旅だけの生活にも憧れますが、年齢とともに正直になってきて、やはり両方ある生活がいいなと思いますね。

 

PROFILE 小島 聖さん

こじま・ひじり。1976年、東京都生まれ。1989年にNHK大河ドラマで俳優デビュー。映画『あつもの』で第54回毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。著書にエッセイ『野生のベリージャム』、2023年11月には舞台『ビロクシー・ブルース』への出演を控える。

取材・文/原田早知 写真提供/小島 聖