夫婦はなぜか力関係も生じてしまうもの。収入でマウントをとる男性に、その額が逆転して妻が逆にマウントをとりにくることも。人同士の結びつきをつくれたらいいのですが…。
エリートコースの女性が妻に「周囲でも話題に」
シゲルさん(42歳、仮名=以下同)は、同じ職場の同期で2歳年上のサオリさんと結婚して10年がたちます。大学院を卒業して入社したサオリさんは最初から幹部候補として営業に配属され、バリバリ働いていたそう。「そこそこ頑張ればいいや」と思っていたシゲルさんから見れば、才女で美人と評判のサオリさんは高嶺の花だったそうです。
「でもあるとき、同期会があって珍しく彼女も来たんです。そのころはちょっと仕事に疲れていたみたいで少しグチったりして。最後まで生真面目に彼女の話を聞いていたのが僕。逃げられなかっただけなんですが、それがきっかけでつきあうようになりました。気が強いけど、プライベートではもろいところもある。そんな彼女を癒やしてあげたかった」
その後もサオリさんはバリキャリ路線を突っ走りました。期待されればされるほど、彼女は力を発揮するタイプで、ストレスをためながらも着実に業績を上げて社内で頭角を表していきました。
「結婚したときは社内でも大きな話題になりました。僕はあまり目立つほうではなかったし。事務方ですからひっそり縁の下の力持ちとして仕事をし、残業もあまりない部署。早く帰って食事を作っているほうが好きだった」
食材を吟味して購入、献立を考えて食材を余らせないのが自慢でした。
夫婦間で忙しさに変化が…立場が逆転?
ただ、ひとり息子が生まれてから、少し状況が変わりました。サオリさんはほとんど育休をとらずに仕事に復帰しましたが、時短勤務にして在宅の仕事を増やしたのです。
「うちの会社はけっこうフレキシブルなので、そういうことができたんです。サオリの成果も高かったし。彼女は子どもがかわいい、小さいうちは一緒にいたいと。そう言うサオリはいい顔をしていました」
本格的に仕事に復帰しようとしたとき、コロナ禍でまた在宅勤務となりました。息子が小学校に上がった昨年から、ようやくサオリさんはまたバリバリと働き始めましたが、コロナ禍前の状態には戻っていません。そのころサオリさんの父親が亡くなり、彼女は自宅の近くに母親を呼び寄せました。一方、シゲルさんは配置換えで人事部に異動、突然、忙しくなります。サオリさんの母に頼ることも多くなりました。
「でも家庭も仕事も充実している。家族仲もいいし、僕は幸せ者。ずっとそう思っていました」
冷蔵庫の前で妻と義母がヒソヒソ話
ある日曜日、息子のサッカーにつきあったあとに忘れ物に気づき、息子を先に帰らせました。家に帰ると、リビングで義母と妻がしゃべっているのが聞こえてきます。どうやらふたりで冷蔵庫を整理しているよう。
「あの人、ちょっとでも食材を捨てるとうるさいのよ。今のうちに捨てておこう」と妻。「しょうがないわよね、野菜なんか使いきれないし」と義母。
「最近、ちょっと忙しいからってなんだか上から目線なのよ。食べ物が余ってもしかたないこともあるでしょ。なのにいちいち、もったいない、もったいないって言う。器が小さいんだよね」と妻が言えば、「だから出世もしないんでしょ」と義母が応じています。
ふたりはそう言ってクスクスと笑っていました。シゲルさんはそのやりとりに、とても傷ついたと言います。
「フードロスということを知らないのか、と。相変わらず彼女のほうが収入は高かったけど、稼いでいれば何を言ってもいいのかと愕然としました。僕はまったく上からものを言ったことはないはずなのに、サオリはそんなふうに思っていたのかと」
そんな思いをシゲルさんは妻に言えませんでした。「男の沽券とかプライドとか」が邪魔したと彼は苦笑いします。でも、妻がやはり自分を下に見ていた事実は、いまもときどき彼をモヤモヤさせるそうです。
文/亀山早苗 イラスト/前山三都里