2017年にボートレーサーデビューし、注目を集めている中村かなえ選手。そもそも、お茶の水女子大の理学部で化学を学び、大学院に進むなかで、レーサーに転身された異色の経歴の持ち主。転向されてからの苦労を伺いました。(全2回中の2回)

クビの不安と闘う日々

── 大学院を辞めてまで飛び込んだ異業種の世界。入ってみて、実際いかがでしたか。

 

中村選手:養成所で1年、モーターの使い方など訓練しただけでデビューとなって、はじめは何もできなかったですね。何十年もやっているレーサーもいるし、技術、調整力、何にもかなわなくて、ずっと6着(最下位)で、厳しい世界だなと思いました。

 

すぐ活躍する同期もいるけど、私は6着しか走れなくて、一生このままなのかなと思って、結果が出るまでツラかったです。

 

同期と年齢の差があるのも不安でした。自分は大学を卒業してから入って年齢が上のほうですが、中卒、高卒の若い子もいて、不安になったりしました。元気がいいなと羨ましくなったりしましたね。

 

成績、着順がデビューして3年はどんな成績不振でもいられるのですが、4年目からは成績不振だとクビになるんです。今のままではクビになるなと思っていました。3年の期間が迫ることは不安でした。

 

レース準備をする中村選手

── どう乗り越えたのでしょう。

 

中村選手:乗り越えたわけではないけれど、どんな成績不振でも、まずやっていくしかないと思って、ひとつでもできることを増やさなければと、とりあえず、目標は小さいけど、5着とか、手の届く目標をひとつずつやっていきました。結果、クビ回避まで成績をあげられて、ちょっとずつできてきて、でも乗り越えたという実感もないですし、今また成績が悪くなったらクビになるので、常に終わりはあります。

 

ただ、なんとかレースができるようになって、先輩に弟子入りして教えてもらったので、その先輩のためにも頑張りたいという気持ちは強い力になりました。ルールなので、クビになったらしょうがないので。そのときはそのとき、考えようという開き直りはありました。でも今できることをやる。練習でたくさん乗るとかをしてきました。

 

── 逃げたくなることはなかったですか。

 

中村選手:どっちかというと立ち向かっていくしかないという感じで、逃げたい思いはなかったです。でも、今の伸び止まりそうな状況のほうが逃げたくなりますね。昔はとにかく仕事にした以上、なんとかしたいと前を向けていました。

 

ボートで疾走する中村選手

── 今かなりしんどいお気持ちですか。

 

中村選手:常に成績に追われていることで、よかったときと比べて、今を不調と思うようになってしまってますね。最初の頃よりできているけど、成長できてないな、という感じを持ってしまっています。でも、なるようになると思います。すべてを受け入れるしかないと思っています。

 

── 大学で化学を学んできたことが生きている部分はありますか。

 

中村選手:内容が生きていることはそんなにないけれど、化学より勉強を頑張ってきたことで集中力に自信がありますね。集中力を使うとき、生きていると思います。

教えてくれた師匠に助けられた

── 最初のツラい時期を乗り越えた原動力になったものはありますか。

 

中村選手:先輩にたくさん教えてもらったことですね。師匠について、自分の特徴を言葉で説明してもらい、自分にあった乗り方、調整方法を知ることができたので、ボートに乗りやすくなりました。1着をとることも嬉しいですが、負けて悔しい思いをするのも楽しいと思うようになって、レースが楽しく感じるようになりました。

 

── 現在29歳、どんな思いでボートに乗っていますか。

 

中村選手:こんなに楽しいことを仕事にできて幸せ者だなと思っています。レースを楽しんでいるので、楽しいです。でも今は伸び悩んでいて、これから楽しむために成長したいです。今はつまづきそうですけど、未熟なところばかりなので、苦手な部分を克服して、さらに楽しくレースができるようにしたいです。

 

── 覚悟がありますね。

 

中村選手:楽しい、悔しいを仕事にできていることが幸せだと思っています。やりたいことをやっているので、とにかく成長したいと思いますね。

 

レースがとにかく楽しいという中村選手

吹雪のなかのレースも「笑える」

── 寒くて嫌だとかはないんですか。

 

中村選手:マイナス5度のなかのレースとか「ヤバい」と思うこともあるけれど、自分のレースの時間が来たら行かなきゃいけないので。時間が決まっていることで必ずレースが始まるので、行くしかないと思って、行けます。のちのち思うと、あの吹雪や大雨のなかで、レースしてたのはすごいなと笑えることもあります。 

 

── これからどんなレーサーになっていきたいと思っていますか。

 

中村選手:自分の限界を決めないで成長したいですね。今のままでいいやと満足するときがきたら終わりだと思っています。まだここがダメだ、と思って、ダメなところを潰していきたいです。現状に満足せずにいたいです。ずっと。

 

前を向いてチャレンジし続ける中村選手

チャレンジしてよかった

── 2016年に理系からレーサーへと決断したチャレンジについてどう振り返りますか。

 

中村選手:やりたいと思ったことのほうに進んでよかったなと思います。誰かに止められたとして、もしやらずにやめていたとしたら、悔いが残ったでしょう。ここまでやりたいと思ったことは他にもないと思うので、やりたいと思ったことの方向に進んでよかったですし、誰にも止められなくてよかった。素直にやってきてよかったです。

 

やりたいことをできるかわからないけど、やりたいって思ったら、一回はやってみたらいいのだろうと思います。やってみてダメだったら、そのとき考えたらいい。迷ったら、やってみる、っていいなと思っています。


取材・文/天野佳代子 写真提供/BOATRACE振興会