22歳で出版した『作ってあげたい彼ごはん』シリーズがベストセラーとなった料理家のSHIORIさん。同世代の女性を中心に人気を集め数々のレシピ本を出版されていますが、結婚、出産を経て自身の働き方について見つめ直したそうです。新刊『料理で幸せを届けてたどり着いた おいしい仕事術』を発売したSHIORIさんに、アトリエで行っていた対面での料理教室からオンラインに移行した経緯について伺いました。
仕事を続けるか悩んだ時期も
── オンラインでの料理教室をスタートさせた理由を教えてください。
SHIORIさん:息子の療育が私の生活の中心になるということは早い段階で予想がついていたので、それに合わせた働き方に変えていこうと思ったのが大きな理由です。コロナ禍もあって、料理教室も対面ではできないという風潮でもありました。
検査で息子が先天性難聴だとわかってから、今は週に3回、療育に通っています。夫と分担して行くのですが、往復するのに車で2時間、電車で3時間かかるので療育のある日は半日がかりです。
短期的な変化は見えにくいのですが、この2年間を振り返ってみると、言葉をたくさん習得していますし、コミュニケーション能力も上がっています。先生方に手厚くサポートしていただいた訓練の成果だと思っています。週3回通うのはヘビーではあるんですが、本当に通ってよかったと思っています。
── 息子さん、インスタグラムで歌も歌われていましたね。
SHIORIさん:子どもの成長する力ってすごいです。適切な時期に、適切な療育をすることが難聴児には大事だと言われているので、そのチャンスに巡り会えたことは幸運でした。ゲームや、積み木やブロックなどをしながらていねいに声掛けをしていくのですが、息子も楽しんで参加しています。
── 仕事を続けるかどうか、悩まれた時期もあったそうですね。
SHIORIさん:息子の療育が最優先と思っていたので、最初は仕事を辞めなきゃならないのかなと思って悩みました。療育の世界ではお母さんがみっちり付き添っている慣例があって。先生から「子どもが小さいうちは寄り添ってほしい」という言葉を聞いたこともあり正直、戸惑いました。
── どうやって決断したのですか。
SHIORIさん:大好きな仕事を辞めてしまったら私らしく元気でいられないと思ったんです。20代から貫いてきた料理の仕事は続けていきたい。特に人に相談はせず、自分で悩んで、自分で決断しました。
でももし、私が仕事を辞めるという決断をしたら夫も反対したのではないかなと思います。夫は良き理解者であり、私のいちばんの味方。仕事に一生懸命な私を誰よりも応援してくれていたんです。
いざ仕事を続けると決めてからは、それまでの働き方を続けていてはキャパオーバーになってしまうと思ったので、「やらないこと」を決めて、できることを頑張るというスタイルに変えました。
やらないことを決めるだけでゆとりが生まれる
── 仕事と家庭、子育ての両立を図るためにどんな工夫をしていますか。
SHIORIさん:私たちは日頃「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」と、全部自分でやらなくちゃならないと決めつけて、たくさんのことを背負いすぎだと思うんです。そして「またこれができなかった」という自己嫌悪に陥って。
でも少し立ち止まってみると、やらなきゃならないと思い込んでいるだけで、実はやらなくてもいいことってたくさんあると思うんです。
それをどんどん手放していくと、気持ちや時間のゆとりができますし、それが思考にも影響して新しいアイデアも生まれてきます。自分の時間と心にゆとりをつくることが好循環をもたらす第一歩だと思うので、ぜひやらないことを決めてほしいですね。
── 今日から実践できるような「やらないこと」とは、具体的にはなんでしょう。
SHIORIさん:やらないこと、つまり手放すことを決めるというのは、逆を言えば何を残すのか、暮らしのなかで何を大切と捉えているかを見極めるいいチャンスです。正解もなければ一人ひとり違うと思います。
時間をつくるためにすぐにできるアイデアで言うと、洗う食器を減らすために余裕がない時は食事をワンプレートにするとか、買い物はネットスーパーを利用するとか。店までの往復の時間や、あれこれ買うものを迷う時間も減ります。あとは、洗濯物をハンガーにかけたままの状態でしまう収納にしたり、うまくカゴを利用したりすれば、畳む時間もなくなります。
生活に余裕が出てきたら今までのやり方を復活させるのもいいと思うんです。それでも、本当に忙しいときには無理をしないで、どんどん手放す。
家族やパートナーと話し合って分担することも大切だと思います。お母さんが体調不良になると、家庭が回らなくなってしまうという話はよく聞きますが、日頃から役割を分担しておいて、暮らしのなかで助け合いの土台をつくっておけば未然に防げることだとも思います。
── 旦那さんとの家事分担はどうしていますか。
SHIORIさん:明確にではないのですが、家事は自然と得意なほうがするようになりました。でも完全に線引きをして片方は絶対しないというのも苦しくなるので、できるほうが手伝ったり、してくれたことに対して感謝の気持ちも伝えたりすることも忘れずにしています。料理は私が好きなのでしていますが、夫が片づけをする日もあります。
几帳面な夫は洗濯が得意なので、私がするとイライラさせてしまう原因になることも(笑)。苦手なことを無理にすると必要以上のエネルギーがいるので、得意なほうがする。でもきっちり夫婦間で担当を分けたほうがいいという家庭もあると思いますので、話しあって決めるのが良いと思います。
オンラインレッスンを始める前に、やらないことをしっかり決めて整理したおかげで、今こうしてレッスンに集中して、納得いくものをつくり上げられています。あのとき本当に仕事を辞めるという決断をしなくてよかったと思っています。
── 旦那さんがSHIORIさんのクスッと笑える場面をイラストにして、インスタグラムで公開しています。
SHIORIさん:夫はとにかく私のポンコツなところを世にさらけ出していますね。でも、「まぁいっか」と思って。オンオフがはっきりしている私にとって家族は素の自分でいられる、安らげる存在。だから家族といるときはすごくポンコツなんです(笑)。でも息を抜くところがあるって大事だなと思います。
日常に追われて「今日もこれができなかった」と1日の終わりに自己嫌悪に陥ることは多くの方が経験されていると思うのですが、そうではなくて、「今日はこれができた!」と、できたことを褒めて、自分で自分を愛でてあげたいと思いますね。
PROFILE SHIORIさん
1984年生まれ。22歳でレシピ本『作ってあげたい彼ごはん』を出版。同シリーズがベストセラーとなり著書累計は417万部を超える。結婚、出産を経て現在1万人の生徒数を誇るオンライン料理教室「L’ atelier de SHIORI Online」を主宰。新刊『料理で幸せを届けてたどり着いた おいしい仕事術』(小学館)が発売中。
取材・文/内橋明日香 撮影/廣江雅美、Daiki Nakagawa 写真提供/SHIORI