ロボコン出場時に立ち寄ったケネディ宇宙センター

大学院卒業後は実家に戻らず

その後、東京工業大学に合格。在学中に、マサチューセッツ工科大学で行われたロボコンへの参加という夢も叶えた竹下さん。

 

「念願の世界大会に出場して感じたことは、まさに“多様性”。

 

いろいろな国の人とチームを組み、ロボットを一緒に作り上げていく中で文化の違いや考えの違いでぶつかることも多く、ものの見方はひとつではないことを身をもって体感できました。

 

このときの経験は、今のビジネスにも大きく役立っています」

 

大学では機械について学び、さらに会社経営を学ぶため大学院にも進学。卒業後はすぐに家業には就かず、外資系企業に就職しました。

 

「大学や大学院で学んだことを、すぐに家業に活かせるかどうかの疑問がありました。

 

外の組織で経験を積める機会も、このタイミング以外にないこともありましたね。

 

さらに、自分が将来、採用に関わるときに、自分の就職活動の経験があれば、就活する人の気持ちがより理解できるのではとの思いもありました」

 

コンサルタント時代はスキューバダイビングにも打ち込んでいた竹下真由社長
コンサルタント時代はスキューバダイビングにも打ち込んでいた

家業を継ぐまでのもうひとつの“使命”

当初はメーカーか商社への就職を希望していましたが、就活の練習のため、選考が早い外資系を受けたのが、世界最大の経営コンサルティングファームのアクセンチュアでした。

 

「大学院卒業後に、すぐに家業に就いてもらいたがっていた父に頼み込んで、5年の約束で就職することになりました。

 

限られた時間で何かをつかむためには、自分を徹底的に厳しい環境に追い込むようにしました。

 

性格的に、自分が易(やす)きに流れる人間だということはわかっていたので(笑)、もし定時で退社できる会社だったら、絶対に遊んでいたはずです。

 

実際にはとても忙しく、急なプレゼンも日常茶飯事。

 

クライアントの経営幹部など、年上の人と話す機会も多く、物怖じせずに話せるようになったことは、佐賀に戻り社長になってからもおおいに役に立ちましたね」

 

超多忙なアクセンチュア時代、実は竹下さんにもうひとつ大事な“使命”がありました。

 

「私と一緒に佐賀へ帰り、家業を手伝ってくれるパートナー探しです(笑)。ひとり娘の私にとり、これもかなり重要な“ミッション”でした」

 

簡単ではなそうな仕事でしたが、会社の同期だった雅崇さん(現・副社長)との出会いがありました。

 

実は初対面のときから、ことあるごとに「実家が会社なら一緒にやろうよ! 結婚しよう(笑)」と言ってくれていたそう。

 

相談ができる友人としての関係が何年も続いていましたが、雅崇さんの言葉が本気であることがわかってからは、とんとん拍子に話はまとまり、2010年に結婚。

 

丸4年でアクセンチュアを退職し、Uターン。’11年に竹下製菓に入社しました。