神戸でしか生まれないアートを届けたい
── 今年度、新たに「アーティストインレジデンス」の取り組みを始められました。そもそも、アーティストインレジデンスとは何でしょうか。
松下さん:
アーティストが一定期間無料で滞在し、日常とは異なる環境で作品の制作やリサーチを行う場所です。同様の施設は世界中にあります。
── なぜこの取り組みを始められようと思ったのでしょうか。
松下さん:
2021年に俳優の森山未來さんと映画の撮影でご一緒になり、「芸術家が滞在できるレジデンスをつくりたい」と熱くお話しされるのを聞いたんです。最初はまさか自分がやるとは思っていませんでしたが、市役所の方や関係者を紹介し、ミーティングを重ねるうちに、気がついたら中心人物のひとりになってしまいました。
紹介された外国人マンションを見たとき、「いいやん」って思ってしまったんですね。神戸の中心地に近い異人館街にある建物で、築59年と年季は入っている。だけど天井も高く、異国情緒あふれる素敵な雰囲気でした。
これはもう腹を括るしかないと、森山さんを含めた6人で3月に一般社団法人を立ち上げ、3か月かけてマンションを補修したり家具をそろえたりしました。7月にはじめてのアーティストを迎え入れ、11月現在で11組のアーティストの滞在実績があります。日本人が中心ですが、アメリカやフランス、ドイツからもいらしています。
── 松下さんの役割はどのようなものなのでしょうか。
松下さん:
こういった施設が健全に存続するには、周囲からの理解も必要です。なので誰かが常駐したほうがいいだろうということで、いま私はそこに住んでいます。私の部屋は4畳しかないかつてのメイド部屋。ここに来るにあたり、洋服はスーツケースひとつ分まで減らしました。滞在するアーティストの洗濯や掃除もするので、寮母になった気分です。
ただ、ここでの暮らしはものすごく気持ちがいいんですよ。神戸のよさは山も海も街もあり、いろいろな人や文化を受け入れる多様性にありますが、アーティストインレジデンスのある場所はそのよさを最大限に感じられます。
狭い街のなかにイスラム教やキリスト教、ユダヤ教やジャイナ教の宗教施設が混在していて、さまざまな国の人たちと当たり前のようにすれ違います。窓を開けると、山から吹く柔らかい風も入ってきます。
── 外国人を受け入れるにあたり、何かトラブルが起きることはないのでしょうか。
松下さん:
いまのところはないですね。みなさん世界中でこういった施設を利用されているので、共同生活に慣れていらっしゃる人が多いんですね。嫌な思いをしたことはいまのところ1回もありません。
私は英語が得意ではないので、翻訳アプリを駆使してコミュニケーションを取りますが、それも楽しいですよ。毎日「おはよう」「おやすみ」と言っていると家族になったような気がして、少しの滞在でもお別れするときはとても寂しい気持ちになります。
── アーティストの滞在費は無料ということですが、どのように運営しているんでしょうか。
松下さん:
最初の運営資金はクラウドファンディングで集めました。ただ、家賃や人件費、光熱費など、今後も運営していくには恒常的なサポーターが必要です。企業や個人からサポーターを募るとともに、行政からの助成を組み合わせていくつもりです。
私自身もいまはボランティアで活動していますが、この活動を長く続けるためには、自分が食べていける分ぐらいは稼いでいかなくちゃいけません。これを私の最後の仕事にするつもりです。
── アーティストインレジデンスで何を成し遂げたいのでしょうか。
松下さん:
やっぱり、私の想いは「神戸のまちの人のためになるものを」にあります。「神戸」という土地でしか産まれない芸術作品がきっとあるはずだと信じています。ゆくゆくはこの場所で生まれた作品を神戸の人に届け、自分が住むまちの豊かさをさらに感じられるようにしていきたいですね。
PROFILE 松下麻理さん
1962年奈良市生まれ。神戸市内3つのホテルでの勤務を経て、2010年7月に神戸市が初めて公募した広報専門官に就任。2013年12月より2015年3月までは広報官として、神戸市の広報を担う。2015年4月からは神戸フィルムオフィスにて、映像作品の誘致やロケ支援を通じて神戸の魅力発信を行っている。2022年にはアーティストの芸術活動の拠点施設となる「アーティストインレジデンス」の運営を開始。
取材・文/松田小牧 写真提供/松下麻理