グループの解散、仕事が減っていくなかで見つめ直す自分の価値

──アイドルとしての仕事が順調に進んでいくなか、SDN48は突然、解散することになります。

 

奈津子さん:

解散は半年前くらいに突然言われて。卒業公演などをしていたら、あっという間にソロに戻っちゃったんです。またお芝居を本格的にしたいという気持ちはあったので、舞台で活動していたのですが、仕事の量が減ってしまって焦りました。

 

何か特技を武器にして、「奈津子」という看板で1円でも多く稼がないとこのままじゃいけない。マーケティングの本なども読み漁って自己分析をしていくと家電が好きということと、人にわかりやすく話す能力はあると気づきました。

 

家電芸人さんはいるけれど、家電女優はまだいなかったので、これしかないと思って。グループ活動中に家電好きというキャラクターは推してこなかったのですが、これを強みにしていこうと思ったんです。

 

──家電にはいつから興味があったのですか。

 

奈津子さん:

AKB48劇場は秋葉原にあるんですね。本当はひとりで出歩いたりしてはいけなかったと思うんですけど、大所帯で活動しているとたまにひとりになりたいときがあって。

 

そういうときに電気街や家電量販店にふらっと変装して行っていました。そこでいろいろな商品を見て、家電って楽しいなと思ったんです。

 

当時すごく忙しかったんですけど、そんなにお給料はもらえていなかったので、高級な家電は買えなくて。これが暮らしにあったらいいなと夢を見させてくれたのが家電でした。

 

──どうやって家電の勉強をしたのですか。

 

奈津子さん:

家電好きをどう証明すべきかを調べて、家電量販店で働いている方などが持っている「家電製品アドバイザー」の資格を取りました。テレビの映り方から人工衛星の仕組み、家電の基礎やリサイクル法などについて幅広く学ぶのですが、1日4時間、半年間かけて勉強しました。

 

結果、オタク気質なこともあって高得点を出し、上位数%の方に与えられる「エグゼクティブ等級」を取得しました。

 

──働きながら毎日4時間の勉強、なかなかできることではないです。

 

奈津子さん:

30代ってこれからどう生きていくか悩む時期で。女性誌に、収入・支出の仕分けで同世代の方がどのくらい稼いでいるかの特集がありますよね。手取りや家賃がいくらと書いてあるのですが、それを見ると当時の自分は同世代の女性に比べて圧倒的に収入が少なかったんです。

 

グループも解散して、女優として売れるかもわからないし、学生時代に借りていた奨学金も150万円くらい残っていました。資格を取って自分の名前で芸能界で稼いで、自立した大人になりたいというモチベーションがあったので頑張れました。

初めての仕事は工場でのアルバイト「今でもお仕事の単価は把握しています」

──15歳で芸能界デビューする前にも仕事の経験があったと伺いました。

 

奈津子さん:

小学校5年生のときに、父が脳梗塞で倒れて寝たきりになってしまいました。父は歯医者で開業医をしていたのですが、そこから一家の収入が途絶えてしまって。

 

2人の姉と双子の妹と母の女5人で暮らしていくのですが、私も中学生から工場でアルバイトを始めました。杏仁豆腐の上に赤い実や、プリンにキャラメルソースをのせるんですけど、母に働いてと言われたわけではなく、父がこういう状態だから早く働いたほうがいいなと自分で思って。

幼少期の奈津子、亜希子
幼少期の奈津子さん(写真左)と双子の妹の亜希子さん(写真右)

 

──中学生から働き始めたんですね。

 

奈津子さん:

実家が学校の通学路にあったので、同級生の子たちも「なんで急に歯医者やってないの?」って聞いてくるんですけど「父親が倒れた」って重い話を子どもながらに言えずに、ずっと濁していたんです。

 

でも男の子たちから「お前んち、患者がいないから倒産したんだろ」と言われて悔しい思いをしました。

 

中学3年生で父親が亡くなってその翌年にスカウトされたのですが、一家を担ぐまでではないですが、自分の力で稼げることはありがたいと思って芸能界に入りました。

 

──そこから生活が一変しました。

 

奈津子さん:

いきなり唐沢寿明さんとドキュメンタリー番組のストーリーテラーとして出演して。その後もドラマ「野ブタをプロデュース。」や「ギャルサー」にメインキャストで出させてもらって。

 

でも当時は華々しいデビューに感謝する一方で、急な環境の変化や、父親が病に倒れたことなど“自分の意思でどうにもならない不条理”が自分を襲ってきたことに対してずっと怒りがありました。最近になってようやく「世の中、どうにもならないことってあるよね」とその怒りを手放せたように思います。自身が親になったことも大きいですね。

 

つらかったですけど、今、演技やタレントの仕事にも、他人の痛みを想像するという意味では表現のなかに活きていると思っています。

 

緊張する仕事のときには、父が近くで見守ってくれている姿をイメージするとひとりじゃない気がして、伸び伸びとした気持ちになれます。

 

──金銭感覚が仕事や家庭にどう影響していますか。

 

奈津子さん:

タレントのなかでは珍しいと思うんですが、私はお受けするお仕事の単価もひとつひとつ把握しています。それは案件の単価が安いから手を抜くというわけではなく、個人事業主なので今、自分がいくらいただける立場にあるのか、その価値が1つの指標としてギャランティに現れると思っているからです。

 

家電については仕事になっているので家にはトータルで150台くらいあるのですが値段も高いのでよく吟味して、結局使わなかったということがないように選んでいます。それでも一般家庭の10倍ぐらいあるんじゃないでしょうか(笑)

 

それに家電で家事の時間を浮かせて、最大限自分の能力を活かすことを意識しています。これまでの苦労もありますし、いつどうなるかわからない仕事でもあるので、夫と共働きで貯金もしつつ、堅実に生きています。

 

 

PROFILE 奈津子さん

奈津子

ドラマ「野ブタをプロデュース」で女優デビュー以降、数々の作品に出演し20代でSDN48に加入。その際、劇場近くの電気街で家電の魅力に目覚める。アイドル卒業後に「家電製品アドバイザー」を取得し、現在は家電女優として多くのメディアへ出演し、私生活では1歳息子を育児中。東京FM「スカイロケットカンパニー」レギュラー。

 

取材・文/内橋明日香 写真提供/奈津子