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東京都唯一の村は『森の学校』だった!

子育て

2019.01.24

《私の幼少時の遊び場だった“檜原村”について》

皆様は東京都にも村がある事はご存知でしょうか?東京都西部の山梨県との県境に、東京都唯一の村“檜原村”があります。

私は檜原村の隣の“あきる野市”で子供時代を過ごしましたので、檜原村は一年に何回か、ドライブ好きな父親に連れて行ってもらったレジャースポットでした。また、山登りも好きだった父親に、無理矢理山登りをさせられた、試練の土地でもあります。お陰で有名な高尾山を有する八王子市に現在住みながらも、「山登り」という言葉を聞くと、檜原村の標高が高めの山々を連想してしまいます(笑)。

檜原村は村の面積の90%以上が森林で、歴史を感じさせる造りの民家も多い、のどかな雰囲気を持つ場所です。東京都で唯一「日本の滝百選」に選ばれた名瀑“払沢の滝”をはじめ、三頭山、大岳山等の標高が高めの山も擁するため登山愛好者も多く訪れ、昔ながらの日本の風景を見られる事から、最近は外国人観光客も多く訪れる観光名所でもあります。

この檜原村で12月初めに薪作り体験ができるイベントがあると知り、息子と共に幼少時によく訪れた檜原村を久しぶりに見てみたい思い、子連れで十数年ぶりに訪れてきました。

その時の様子を、檜原村の魅力と共に皆様にご紹介させて頂きたいと思います。

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写真:檜原村の黄葉(紅葉)。常緑樹の緑と落葉樹の黄葉のコントラストが面白いですね。

 

《日本最高峰の林業家から森について学ぶ》

今回私達親子が参加したイベントは、「檜原村で薪作り体験 ~数馬の湯の薪を作ろう~」という、檜原村主催のプチ林業体験プログラムです。当日のスケジュールは以下の通りです。

 ・JR武蔵五日市駅前集合。その後森林見学場所へバスで移動

 ・森林見学場所にて檜原村の林業についての説明および森林見学

 ・昼食

 ・バスで薪製造施設に移動。薪製造施設にて薪づくり体験および薪製造見学

 ・バスにて檜原温泉センター数馬の湯へ移動。薪ボイラー見学および入浴

 ・バスにてJR武蔵五日市駅へ移動・解散

 

一日かけて、檜原村の林業および木質バイオマス利活用について学べるイベントです。

その日集まった参加者は約20名で、年代も居住地も様々な方が参加しました。

(本当は中学生未満の子供の参加はNGでしたが、小学生でも非常に勉強になりそうなプログラムでしたので、私は関係者の方に頼んで子供を同伴させて頂きました。)

そして、このツアーのガイドは、この道20年というベテラン、森林インストラクターの石山恵子さんが同行して下さり、集合場所からのバスでの移動中に、檜原村についての最新情報をレクチャーして下さいました。

集合場所から移動後、約30分位で最初の目的地である田中林業さんの敷地へ到着。ここで、林業家の田中惣次さんより、人間と森の関係、及び林業界の仕事についてのお話をお伺いしました。(田中さんは、林業に対する創意工夫や森林教育等、長年の熱意ある取り組みが評価され、農林業界の最高峰である賞、『農林水産天皇杯』を授与された、日本林業界のスペシャリストです。林業・森林に関する書籍も多数執筆されています。)

田中さんは、田中林業の第14代目との事で、江戸時代から檜原村で林業をされていた旧家の出身です。元々江戸時代から檜原村は林業地帯で、江戸の町に木材を供給する役目を果たしていたのですが、時代が変わり、安い外国産の木材の輸入等の影響で、国産木材の価格の下落し、檜原村の林業も衰退気味になったそうです。しかし田中さんは、林業の仕事を単なる生活の手段として考えているのではなく、愛する森や山を守りたいという思いを持って、約50年間、林業師として木々と向き合う情熱的な方でした。

田中さん「森林が無いと文化が廃れるし、災害も起こりやすい。もし森林の木々を手入れもせずほったらかしの状態だとどうなるか?山火事の時の被害が大きくなるでしょう。森林が荒れると、川も衰退してしまうでしょう。

それに、現在中国や韓国等で外国産の木材の需要が増えているので、今まで日本が使えた外国産木材が減る可能性を考えると、国産木材もいずれ必要になるでしょう。そのためにも、檜原村の森林は次世代に受け継いでもらいたいですね。

最近は、世界の温暖化の影響か、雪が(水分が多くて)重くなってきました。本来雪の重さで折れない枝が、雪の重さで折れると、その折れた一本の枝の重みで他の何本の枝も折れる。そのため山に雪の重さに耐えられるような品種の木を植えたりする等の工夫も山を維持するために必要になります。

あと、林業の仕事をしながら、林業の仕事を手伝う「森林ボランティア」の育成を行ったり、「遊学の森」等の教育プログラムを企画して、子供達への森林教育等も行っています」

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、林業家が一本の木を植えて、木材用に伐採するまでは、何十年単位の時間と、その過程で多くの作業が発生します。そして、どの過程の作業も気力と体力を使います。それでも田中さんは「まあ大変だけど、この仕事が好きだからね。木々たちが大きく成長していく姿を見るのは幸せだよ。あと20年位現役で頑張りたいね」と楽しそうに笑います。やはり檜原村の森林への愛情と、日本最高峰の林業師としてのプロ意識に溢れている方だけあります。

この日は気温が低かったので、事前に田中さんが間伐材から作った薪で、プログラムの参加者が暖を取れるようにと焚火を用意して下さいました。参加者皆で、焚火に手をかざしつつ田中さんから森のお話を聞くのは、心がほのぼのとして素敵な時間でした。息子も焚火が気に入ったらしく、葉っぱだの木片だの次々焚火にくべて、燃える様子を飽きずに眺めていました。(キャンプファイヤー位しか見たことがなかったからかもしれません…)

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写真:「森と林業のお話をされる田中惣次さん」、「間伐材の薪をくべた、昔懐かしい焚火」

 

《まるで木のテーマパーク!森林散策》

田中さんのお話の後は、田中さんが管理している森林を森林インストラクターの石山さんの案内で散策しました。森林は、綺麗に枝打ちされていて、杉の木は綺麗にまっすぐ空に向かって伸びていました。

檜原村の森林は、針葉樹と広葉樹が半々なのだそうですが、地域によっては針葉樹だけだったり、広葉樹ばかりだったり、同じ「森林」でも、自生している木々は様々なのだそうです。ちなみに、檜原村の森林の木で、一番高い値段が付くのは、一枚板が取れる位立派な(けやき)だそうです。森林の中にも立派な欅がありました!

ところで、森林散策の時に、何の舗装もない獣道の様な道を通ったのですが、息子が「熊や猪が出てきそうで怖い!帰りたい!」と騒ぎだしてしまいました。時々地元の高尾山に行っていたので、山には慣れていると思っていましたが、檜原村と比較すると、高尾山は山道はじめ、人間の手が入っているエリアが多いので、それなりに快適に山歩きが出来るようになっていると思います。そのせいか、今回の様にほぼ自然に近い山道は初めてで、恐怖感が出たようです。仕方なく「安心しよう!冬は熊や蛇は冬眠中、猪は夜行性だからめったに出ないよ(本当は昼間も動き回ることがありますが)。出ても『見られてラッキー』と思おう!」等なだめすかして完歩させました。後から石山さんからお聞きしましたが、都会育ちの子供達は綺麗に舗装されている道に慣れているため、山道で戸惑う子供が多いのだそうです。

田中さんの管理されている森林は、樹齢が相当高いと思われる、立派な幹の杉が沢山ありました。曲がった木や枯れている木が少なくて、いかに丁寧に管理されているかが良くわかりました。

そして、一言「森林」といえど、場所により全く違う光景になるのが興味深かったですね。フィトンチッドも溢れている環境のせいでしょうか、沢山歩きましたが全く疲労感がありませんでした。

※フィトンチッドとは微生物の活動を抑制する作用を持つ、樹木等が発散する化学物質。癒やしを与える効果も。

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写真:「真っすぐ天高く伸びている杉」、「立派な太さの幹を持つ欅」

 

《意外と難しい?!薪作りに挑戦!》

森林散策の後は昼食(お弁当)を頂き、その後薪製造施設にバスで移動して、機械と人力、両方で行う薪作りに挑戦しました。ここでは、間伐材を使って薪を作り、村内の温泉センター“数馬の湯”の薪ボイラーおよび薪ストーブの燃料として供給しています。

私はまずは電動斧を使った薪作りを体験させて頂きました。レバーを下ろすと刃が下りてきて丸太を切ってくれる仕様でしたが、短時間でどんどん薪が出来ていくのは楽しかったです。

そして驚いたのが、木材によって、色と香り、堅さが全く異なる事ですね。赤みのある木肌の薪になるのは杉で、白っぽいのが(ひのき)、黄みが強いのがサワラとの事でした。香りは、やはり檜がなじみ深い芳香で、すぐ檜とわかりました。

質感については、杉は比較的柔らかいのに対し、檜は堅かったです。檜より堅いのは桜や(なら)だそうですが、堅い木で作る薪の方が火の持ちが良いのだそうです。(ゆえに、楢は炭の原料としてよく使われるそうです。)

手動でレバーを操作する電動斧の他に、全自動で薪を作れる機械もあり、こちらは丸太をセットすると、あっという間に大量の薪が出来上がる素晴らしい機械でした。聞けば日本に数台しかないレアな機械だそうです。(操作もコツがあるのだそうで、今回プログラム参加者は見学のみさせて頂きました。)

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写真:「電動斧を使って薪作り」、「短時間で大量の薪を作れる薪作りマシン」

 

機械を使った薪作りの後は、斧を使ったマンパワーによる薪作りに挑戦しました。

実は、前半のグループが柔らかい杉を使ってしまったそうで、後半の私達のグループは堅い檜を使う事になりなかなか時代劇のワンシーンの様に「パコーン!」と真っ二つにはいきませんでした…。

堅い木でも、キツツキの様に斧を当てた同じ場所を何度も打っているといずれは割れるのですが、「パコーン!」と一撃で割りたかったですね、やはり(笑)。

昔はこうしてマンパワーのみで薪作りを行ったのですから、相当な重労働だったのだろうと身をもって知る事となりました。息子も形だけですが斧を丸太に当てる体験をさせて頂きました。(ハラハラしましたけど…)

こうして作り出された薪は、パレットと呼ばれる入れ物に綺麗に並べて、乾燥させて水分を除いてから燃料として利用できるようになります。

プログラム参加者全員が薪作り体験を終えたところで、薪を燃料にして湯を沸かしている“檜原温泉センター数馬の湯(略称:数馬の湯)”へ移動しました。

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写真:斧を使う薪作り。檜の丸太は大人の男性でも一撃でスッパリ割るのが難しかった様です。

 

《薪で沸かしたお風呂に浸かり、木質バイオマスに感動!》

数馬の湯に到着後、私達はすぐに薪ボイラーを見学させて頂きました。数馬の湯では、一日あたり約1パレット分の薪を利用しているそうです。

朝、午前中、正午頃の一日3回薪をボイラーに投入すると、閉館(平日19時・土日祝日20時)まで温かい湯を供給することが可能とのこと。そして、化石燃料ではなく薪に燃料を転換すると、二酸化炭素排出削減による温暖化防止にもつながるのだそうです。(薪を燃やした後に出る灰も少量しか出ないそうですが、こちらも農作物の肥料に使えるそうで、無駄がありません。)

さて、薪ボイラー見学の後は、実際に薪で沸かしたお風呂に入ってみました。月並みな感想で申し訳ありませんが「いい湯」でした♪湯加減も熱すぎずぬるすぎず、楽しいお風呂タイムを過ごす事が出来ました。

お湯につかりながらその日の事を振り返ると、「山を健全に保つために伐採された間伐材が、薪として利用される」⇒「薪作りの為に地元に雇用が生まれる(地域の活性化)」⇒「薪ボイラーの利用は温暖化防止につながる」⇒「薪によって沸かした湯により人々が癒される…」と、何だか素晴らしい連鎖が生まれている事に気が付きました。檜原村は、東京都の木質バイオマス利活用のモデル的地域であったことに改めて驚き、今までとは違った檜原村の側面を見られた事は、自分にとって大きな収穫でした。

なお、入浴時に息子はプログラム参加者の優しいお兄さんにくっついて男湯に入ってきたのですが、風呂上がりに一日の感想を聞いてみたところ、特に楽しかったのは「焚火」「薪作り」「お風呂」だったそうです。(森林散策はやはりちょっと怖かった!との事)「薪で焚いたお風呂って気持ちいいんだね。今度はパパも連れてこようよ。今日はすごく楽しかった!」と、すっかりご満悦でした。

この後数馬の湯から、集合場所であったJR武蔵五日市駅へバスで移動して、プログラムは終了しました。

参加者の皆さんが、皆満足そうに帰途についていたのが印象的でした。

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写真:「檜原温泉センター数馬の湯の外観」、「薪ボイラーと、パレットに積まれた間伐材の薪」

 

《檜原村の森で学べる事いろいろ》

今回私達をガイドして下さった石山さんは「遊学の森Project」という森づくり活動を行うプロジェクト組織の代表を務めていて、定期的に檜原村で、森林や林業について楽しく学べる活動を行っています。

また、私達が今回薪づくりを行った際に作業のサポートをして下さった株式会社東京チェンソーズさんも、「東京美林倶楽部」というプロジェクトを立ち上げていて、檜原村で植樹・木育・森育の輪を広げています。そして檜原村自体も、豊富な木質資源の活用を積極的に推進して、東京都の木質バイオマス導入の牽引的な役割を果たしています。

日本の政治・経済の中心である東京都心からずっと西へ行くと、森林を守ろうとする檜原村がある…同じ東京都でも全く違う側面がある事は非常に興味深い事だと思います。

余談ですが私と息子は、数年前に神奈川県の塚原に、職場のボランティア活動でどんぐりの苗を植えてきました。「いつかまた見に来ようね」と話しながら植えた記憶があります。植樹することは、いつか育った木を見たいという、未来の楽しみが出来る事でもあります。なんだか、檜原村にも息子と木の苗を植えたくなりました。

ある意味、木を育てるのは子育てに似ていますね。時間も手間もかかるけれど、きちんと手入れをすれば真っすぐたくましく育つ。放置すると様々なトラブルが起こる。そういう意味では、子育て中の親御さんに、お子さんと共に木育・森育は体験して頂きたいです。

また今回、息子を通して子供時代の自分を振り返る事が出来ました。確か父親に無理矢理山登りに連れていかれた時に、私も落ち葉だらけの山道を「怖い!」と泣きべそをかきながら登っていた記憶が(笑)。しかし今思えば、父親は本当の自然の姿を見せたかったのかもしれません。今回の私と同じ様に。そういう意味では、檜原村は私にとっても「森の学校」、学びの場だったのですね。

東京都在住の方も、他県在住の方も、是非親子で「森の学校」の檜原村にて、色々な事を感じたり、学び取って頂ければ嬉しいです。

 

《取材協力》

・檜原村役場(http://www.vill.hinohara.tokyo.jp/

・遊学の森Projecthttps://ympweb.jimdofree.com/

・株式会社東京チェンソーズ(http://tokyo-chainsaws.jp/

・田中林業株式会社(http://www.tanaka-forestry.co.jp/

・檜原温泉センター数馬の湯(http://kazumanoyu.net/

 

CHANTOママライター/トヤマチエコ

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