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インクルーシブ教育とは!?日本の失敗とこれからの課題

子育て

2019.10.08

ここ数年のあいだに、全国の小中学校を中心に取り組みが進められている「インクルーシブ教育」という言葉を聞いたことはありますか?

 

インクルーシブ教育とは、「障害を持つ子もそうでない子も同じ教室で学ぶ」ことを目指す教育理念をいいます。

 

インクルーシブ教育は、幼稚園・保育園から高校まで途切れなく行われるものですが、特に小学校で参観時の授業風景の変化などによってその取り組みに気付く人が多いかもしれません。

 

今回は、「インクルーシブ教育」とは何か、なかでも小学校では具体的に何が今までと変わるのかを解説していきます。

 

「インクルーシブ教育」とは?意味と日本でのとらえ方


インクルーシブ(inclusive)とは、日本語に訳すと「包括的な/包み込むような」という意味です。

 

2006年、国連で「障害者の権利に関する条約」が採択され、そこには、全ての人が国籍や言語・障害の有無によって学びの場を限定されることなく、課題を解決できるような工夫をしながらともに学べる環境を作ろうという理念が盛り込まれました。

 

2007年に日本もこの条約に署名し、2012年には文部科学省が日本でのインクルーシブ教育の方向性を決定、2013年に障害を持つ子の就学手続きを改定し、本人や保護者の希望が尊重されるよう定められました。

 

文部科学省の発表した方針では、インクルーシブ教育について次のように説明されています。

 

障害者の権利に関する条約第24条によれば、「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system、署名時仮訳:包容する教育制度)とは、人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みであり、障害のある者が「general education system」(署名時仮訳:教育制度一般)から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供される等が必要とされている。

 

障害を持った子は、これまで、小学校は支援学校や支援学級に在籍し、普通学級の同級生とは月に1回交流する程度…ということが多かったのですが、普通学級に在籍し毎日多くの同級生と過ごすようになればコミュニケーションスキルや社会的スキルの向上が期待できると考えられています。

 

また、普通学級の子たちにとっても、障害を持つ人に対するネガティブな認識が改善され、これからの国際社会に不可欠なダイバーシティ(多様性)への理解を助けるという効果が期待されています。

 

なおインクルーシブ教育で注意しなければならない点は、障害があってもみんなと同じクラスに入りさえすればOK、というものではないこと。

 

日本では過去にそのような状態を目指したことがあり「インテグレーション(統合)教育」と呼ばれていました。

 

しかし当時は、普通学級での受け入れが整わないまま、ただ場を統合しただけ…という現場がほとんどだったため、障害のある子本人が授業についていけなかったり、面倒見のいい子に過度な負担がかかったり、理解不足からいじめが起きたりというトラブルが続出。結局失敗に終わっています。

 

対して、インクルーシブ教育では、それぞれの子の能力や苦手なことに応じ、授業が適切に受けられるための「合理的配慮」が必ず求められます。

 

例えば車椅子の子ならエレベーター・スロープの設置や1階の教室を使用する、光の刺激を受けやすい子は窓から離れた席に座る、耳では理解できても字を書くことが難しい子には、ふつうのノートではなく電子黒板のデータをノート代わりにする…などの工夫が「合理的配慮」にあたります。

 

要は、「この学校で授業を受けたいです」と希望している子ども(と親)に向かって、

 

「お子さんの今の状態では授業についていけないので無理です」

「1人だけ特別な対応はできません」

と断るのではなく、

 

「では授業を受けるためにどのような工夫が必要か考えましょう」

…というのが、インクルーシブ教育の目指す姿というわけですね。

 

 

「合理的な配慮」とは。小学校で実際にどんなことをするの?

インクルーシブ教育のカギともいえる「合理的配慮(reasonable accommodation)」とは、その子がどのような障害を持っているのか、どのような点に工夫すればスムーズに授業が受けられるのかを考えた上でのさまざまな調整のことです。

 

実際に行われている合理的配慮の例としては次のようなものがあります。

 

  • 聴覚に障害があり授業が聞こえにくい子を支援員がサポートしながら授業を受けることで、先生の話す内容が理解できたり、休み時間に友だちの会話に入って楽しく過ごせたりする
  • 水に触れることが苦手な子が、そうじの時間に雑巾を絞ることができない場合、使い捨てのゴム手袋や雑巾を装着するタイプのモップを使ってそうじに参加する
  • 45分間の授業を最後まで落ち着いて受けられない子に対し、見通しをもつことで安心して学習に取り組めるよう、その日の学習の流れをカードに記入、前もって確認する
  • 教室移動などがスムーズにできない子のために、各階段の足元に階数を表示したり、昇降口全体を色で分け、東は青・西は赤などと決めて覚えやすくする

日本の「インクルーシブ教育」、これからの課題


欧米の多くの先進国でもインクルーシブ教育への取り組みが進んでおり、中にはイタリアのように支援学校や支援学級がすでに存在しないという国もあります。

 

しかし、日本でその状態を実現するには、最大40人学級に担任1名という今の公立小学校では難しいのが現状です。

 

欧米でインクルーシブ教育が円滑に進んでいる学校では、1クラス20人程度で、支援員やボランティアが複数配置された状態ということがほとんど。

 

現在、日本のインクルーシブ教育の方針には次のような記述があります。

 

「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」

 

つまり、「設備を整えたり工夫したり人員を配置することは必要だが、それがとても難しいならば無理しなくてもよい」ということが書いてあります。

 

どこまでを「均衡を失した」「過度の負担」と言うのか、一律の判断基準はないとされており、現状「うちの学校ではやはり対応できません。お子さん本人がかわいそうだからやっぱり支援学級に戻って下さい」というのも合理的配慮に含まれることになります。

 

環境が整っていない教室にい続けるのは子ども自身にとっても大きな苦痛となるため、現実には受け入れるしかないことが多いでしょう。

 

しかし、これは本来のインクルーシブ教育の定義とは逆の方向性ともいえます。

 

知識・予算・人員などの面から、充実した「インクルーシブ教育」が全国に定着するにはまだまだ時間がかかりそうです。

 

おわりに


筆者の中学生時代にも支援の必要な男の子がクラスにいました。

 

今回の記事でいうと「インテグレーション(統合)教育」として、とにかく本人の状況に関わらず普通学級に入って授業を受けましょう、という時期だったと思われます。

 

もちろん、1人のクラスメイトとして彼と交流できたことは良かったと思いますが、学習に関しては特にサポートがつくわけでもなく、理解できているか確認しながら授業を進めている様子もあまりなかったように記憶しています。

 

「インクルーシブ教育」では、1人1人に合った配慮や工夫がなされた上で進められていくことが大前提です。

 

今後、お子さんの通う小中学校からインクルーシブ教育の取組みについておたよりを受け取る機会があるかもしれません。今回の記事も参考に、正しくその内容や目的を把握しておけるといいですね。

 

文/高谷みえこ

参考/文部科学省「特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告 1.共生社会の形成に向けて」

独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所「インクルDB(インクルーシブ教育システム構築支援データベース)」

文部科学省「3.障害のある子どもが十分に教育を受けられるための合理的配慮及びその基礎となる環境整備」

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