痛みやつらさが理解されにくい片頭痛。朝から立ち上がることすらできない日も我慢して仕事をする人が多いといいます。そんな実態に疑問を感じ、片頭痛を持つ人をはじめ、さまざまな立場の働く人が休みやすい環境を実現する「ヘンズツウ部」を立ち上げたのが、医薬品の開発・販売を展開する日本イーライリリー株式会社です。
片頭痛の悩みを打ち明けながら理解の輪を広げ、そのほかの見えづらい症状で悩む人たちの働きやすさも実現しました。他企業とのコラボイベントも積極的に開催するという「ヘンズツウ部」の活動について、立ち上げメンバーの一人である山縣実句(やまがた・みぐ)さんにお聞きしました。
「片頭痛くらいでは休めないと思っていた」
── 「ヘンズツウ部」は、最初から働きやすい環境づくりを目的に始まったそうですね。きっかけは何だったのでしょうか。
山縣さん:
2019年春頃までさかのぼるのですが、当時、片頭痛治療薬の開発のために業務上で片頭痛について学ぶなか、非常に有病率が高いことを知りました。
男性の3.6%、女性の12.9%が抱える神経性の疾患で、症状の特徴として重い痛みが4~72時間続き、悪心や嘔吐、光過敏、音過敏を伴うといわれています。私自身は片頭痛持ちではないので、その事実にすごく驚きました。
── 女性に多いのですね。私の友人にも片頭痛で悩んでいる人がいますが、何もしてあげられなくてもどかしく思っていました。
山縣さん:
特に30代女性は5人に1人の割合で片頭痛を持つという研究結果がありますが、30代女性が多く働く弊社でも、同様の傾向があることがわかりました。でも、これまで「片頭痛だから仕事を休みたい」という声を聞いたことがなくて。「もしかしたら我慢しながら仕事をしている人が多いということ…?」という疑問がわき、周囲にリサーチを始めました。
その結果、「片頭痛くらいで仕事を休むなんて、社会人としてあり得ないと思っていた」という声が複数上がりました。と同時に、「仕事にも影響が出るはずなのに、片頭痛で休みたいと言いにくいなんておかしい。しかも製薬会社なのに…」という苦言も寄せられました。
以前から、組織の健康宣言として「Live Your Best Life」という理念のもと、従業員の健康にも積極的に目を向けてきていましたが、この事実は気づかれないままだったわけです。そこでこの機会に、片頭痛について理解し合いながら誰にとっても働きやすい職場環境をつくろうと、2019年の夏頃「ヘンズツウ部」を有志のメンバー7名で立ち上げました。
その後、社内に向けてメンバーを募集したところ約50名が入部してくれ、現在は約120名で活動しています。
「体調不良のときに上司に相談する」人が47%から58%へ
── 具体的にはどんな活動をしているのですか?
山縣さん:
当事者の生の声を聞きながらワイワイと学ぶことをモットーに、「片頭痛あるある」について話したり、職場での理解を深めるための意見交換をしたりしています。
当事者と当事者ではない人たちが半々の割合で参加し、部活動のように楽しく活動することにこだわっています。
「片頭痛あるある話」をするなかで、当事者たちは「一人じゃなかった」という安心感を持てるし、逆に当事者ではない社員たちは、「こんなに辛い症状で悩む人たちが職場にいた」ということに驚きながらも理解を示しています。
2021年秋には、片頭痛について遊び感覚で知ることができる「ヘンズツウかるた」を作り、無料公開しました。
── 片頭痛の症状や悩みを知ってもらうことが、つらいときに仕事を休みやすい環境づくりにつながっているのですね。
山縣さん:
そうなんです。ヘンズツウ部の活動開始前と、3か月後に社内アンケート調査を行ったのですが、その変化は明らかでした。
まず、「体調不良を感じたとき、周囲に自分の状況を伝えているかどうか」という質問では、「上司に相談する」が47%から58%へ上昇しました。そのほか、「同僚」「友人」「家族」などへそれぞれ「相談する」と答えた人が増えたんです。
私たちが活動を始める際、「片頭痛でつらいときには周囲に相談しやすくなれば」という思いを大切にしていました。だから、特に「上司に相談する」と答えた社員が、たった3か月の活動で大きく増えたことは嬉しかったです。
また、「片頭痛で仕事を休む必要はない」という質問に対して、「まったく同意しない」と答えた社員が36%から44%へとぐっと増えたことも収穫でした。
こうした結果から、「自分たちの活動は正しい」と確信できたことが活動を続けるモチベーションになり、活動の幅を広げていったんです。
── 上司をはじめ周りに相談できることで、仕事の効率にも良い効果を生みそうですね。
山縣さん:
そうなんです。ヘンズツウ部で活動する非当事者のなかには、部下に片頭痛を持つ社員がいる管理職も多く、「いざというときのために知っておきたい」と積極的に学んでいます。
「片頭痛だからと特別扱いされたくない」
── 当事者か否かにかかわらず、片頭痛に絞って活動をすることに抵抗を感じる人もいるのでは?と感じましたが、そのあたりはいかがですか?
山縣さん:
その問題は、まさにヘンズツウ部でも丁寧に議論をした部分です。まず、当事者の社員からすると、「特別扱いされたくない」という意見もありました。「片頭痛だと配慮されすぎてやりたい仕事ができなくなるのではないか」と不安があると。
当事者のほとんどが「片頭痛がない日は特に何の支障もないから、気に留めておくくらいにしてほしい」と考えている。それが明確になったこと自体が活動の成果だと思っています。
── では、当時者ではない人たちからの反応はいかがですか?
山縣さん:
結果的に、腰痛や生理痛などいろいろな症状で悩む人に対しても理解が深まり、誰でもしんどいときは「休みたい」と言える文化が醸成されていると思います。
── ヘンズツウ部の活動は、社外でも「みえない多様性PROJECT」という形で多様な企業や行政との取り組みへと広がりました。嬉しい変化はありましたか?
山縣さん:
他の企業に呼びかけを始めた当初は、「なぜ『片頭痛』なのか?」と賛同してもらえないことが多かったんです。でも次第に、重要な社会課題だと認識されるようになり、私たちが伝えたかったメッセージを認めてもらえたときは嬉しかったですね。
「片頭痛で学生がやりたいことを諦めなくてすむ」のが次なる目標
── 今後は教育機関への取り組みも進めていく予定だそうですね。
山縣さん:
地元の神戸市には女子大が多いのですが、たとえば出前授業として学生たちとディスカッションしたり、小学校での「ヘンズツウかるた」のワークショップなども実現したいと考えています。
特に就職について考える時期の学生で片頭痛持ちの場合、症状によっては職業選択にも影響が出てしまうんです。例えば音に敏感な場合は、「本当は保育士になりたいけれど、子どもたちのにぎやかな声で片頭痛が起こるのが怖い」となりますし、臭いに敏感な場合は、「化粧品の販売をしたいけれど、臭いで片頭痛が起こるから諦めよう」と、選択肢から外してしまうことも少なくありません。
学生の皆さんには、自分がやりたい仕事を諦めるのではなく、社会の理解が広がっていくなかでぜひ実現してほしいです。
小学校でも、片頭痛の症状が出て保健室に行くお子さんは多いそうなのですが、熱が出ているわけではないために、ただ授業をさぼりに来たと思われて「頑張りなさい」と言われることもあると聞きます。本人はもちろん、周囲の大人たちにも片頭痛の症状やつらさを理解してもらうことで、子どもたちが傷つくことなく大人になってほしいと思っています。
制度ではなく、文化をつくりたい
── 今後はどんなことを大切に「ヘンズツウ部」の活動をしていきたいですか?
山縣さん:
働きやすさを追求していくと、多くの企業では「制度をつくらなければ」となるかもしれません。でも、相互理解が進めば働きやすい環境づくりは実現できるはずです。お互いを受け入れ合う文化を取り入れ、それが当たり前になる社会になるといいなと思います。
経済産業省が健康経営を推進する動きとして認定制度を設けているのですが、その認定基準の約70項目のなかに、健康経営の実践に向けて教育すべき疾患として「片頭痛・頭痛」が令和3年度版から加えられました(※)。これからはもっとこの動きに拍車がかかると思っています。
もし、多くの企業が片頭痛などの課題に目を向けて動き出せたら、見過ごされている経済や労働力の損失を解決できる一歩になるはずです。誰もが片頭痛や自身の疾患について気軽に話せて、つらいときは仕事を休める文化が当たり前になるよう、今後も活動を続けていきたいです。
取材・文/高梨真紀 画像提供/日本イーライリリー株式会社
(※)参考/経済産業省「令和3年度 健康経営度調査(従業員の健康に関する取り組みについての調査)」https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/R3_kenkokeieidochosa_sample.pdf