もし遠く離れた家族や友人たちが災害で被害に遭ったら──。「何か役に立ちたいけれど、仕事があるからすぐに現地に駆けつけるのは難しい」。IT関連企業のアディッシュ株式会社は、そんな社員の思いを支える取り組みを始めました。
2020年からは「災害サポート制度」として制度化し、進化させています。管理本部 HR企画部の部長として制度を管理する松下恵美(まつした めぐみ)さんに取り組みが生まれたきっかけや効果、課題をお聞きしました。
旅費などボランティアや支援にかかった費用をサポート
── 「災害サポート制度」とは珍しい制度ですね。どんな内容なのか教えてください。
松下さん:
メンバーの家族や親族、知人などが震災や自然災害などに遭ったときに、支援にかかった費用の一部を会社がサポートする制度です。費用は、旅費や物資を送ったときなど必要に応じてかかった分を申請してもらい、支給しています。必要に応じて、特別休暇の付与を行った実績もあります。
弊社は2014年に設立していますが、もともとは親会社からスピンアウトした会社です。そのため、設立時のアディッシュは、元親会社から転籍したメンバーがほとんどでした。この制度は元親会社の時代に対応していた状況や思いが引き継がれたものなんです。
東日本大震災が起きた2011年はまだ元親会社の時代でしたが、「被災地のためにボランティア活動をしたい」というメンバーのためにサポートする取り組みを始めていました。当時は、そのメンバーにはまだ有給休暇が付与されていなかったために特別休暇をつくりました。その後、アディッシュ設立後の2016年の熊本地震など、被災地への思いがあるメンバーに合わせて対応してきました。
── かなり前から災害支援を希望する声に応える取り組みをしていたんですね。今回、「災害サポート制度」として改めて制度化したのはなぜですか?
松下さん:
制度化のきっかけは、2020年の熊本豪雨でした。福岡オフィスに勤務していたメンバーから「地元のために役に立ちたい」と申し出があったと管理部に相談が寄せられたんです。災害サポートの取り組み自体は以前からあったものの、相談した本人はそのことを知らなかったようで。
この相談がきっかけとなり、メンバーたちにより広く知ってもらって、利用しやすいように制度化しました。発端となったメンバーが熊本豪雨でボランティア活動を行ったときは、平日5日の特別休暇のほか、往復の交通費や購入した支援物資、その他必要な費用をサポートしました。
5日間の特別休暇を機に「仕事人間」だったメンバーに変化が
── 特別休暇だけでなく、交通費まで会社にサポートしてもらえるのは珍しいのではないでしょうか。メンバーにとっても心強いと思います。
松下さん:
そうですね。熊本豪雨で制度を使ったメンバーも「お葬式などで見舞金が支給されることは知っていたが、災害ボランティアの活動をサポートしてもらえることはなかなかない。会社に『どうぞ行ってきてください』と背中を押してもらえてありがたかった」と話していました。
また今回、特別休暇を取ったことで「仕事が好きで仕事人間を自負しており、ずっと『休みは取るべきではない』という思い込みがあった。これを機に休むことに抵抗がなくなった」とも話してくれました。「ボランティアに行きたい」という思いを会社が応援したことも励みになったようで、「会社員として働きながら社会貢献ができることで新たなやりがいを感じた」そうです。
ただ、制度化はしましたが、基本的にはそれぞれの状況に合わせて対応したいという思いがあります。そのため、特別休暇も「何日まで」と決めておらず、現状はサポートする費用額なども具体的な条件を設けていません。
「本当はなくてもいい制度」だからこそ柔軟に
── とても柔軟性がある取り組みですが、なぜそこまで手厚くサポートされているのでしょうか。
松下さん:
メンバーがライフとワークのバランスをほどよく取りながら当社で長く働き続けられる理由のひとつになればと思っています。
また会社としても自然災害などが発生した際、何かお役に立ちたいという思いがあります。ただ何をすることがベターなのかはその時々で変わってきます。ボランティアに行きたいというメンバーの思いを何かしらの形で支援することで、間接的にでも貢献ができるのではないかと思っています。
もし実家が災害に遭ったことが理由で仕事を辞めて戻らざるを得ないという状態になってしまうと、会社としても大切な人材を失いますし、本人のキャリアも中断させることになります。それは避けたいんです。もし、地元にボランティアなどで支援に行く機会があればできる限り活かして、会社もサポートしたいと思っています。
── これからこの取り組みを続けるなかで、課題に感じていることはありますか?
松下さん:
「こういう制度がある」ともっと社内メンバーに知ってもらうことでしょうか。この制度は、あくまでも災害が起こったときのための取り組みですから、本当は出番がないほうがいいのですが…。
とはいえ、私たちが今生きているこの世界ではいつ何が起こるかわかりません。いざというときの備えとして使いやすいように整えつつ、制度を使ったメンバーがその経験をまわりに伝えていく機会をつくっていきたいです。
メンバーの「やりたいこと」を尊重しつつ組織もともに成長
── 「災害サポート制度」を進化させるうえで大切にしたいことがあれば教えてください。
松下さん:
アディッシュでは、「組織の成長は個人の成長とともにありたい」という考え方を大切にしています。一人ひとりが事業をつくるメンバーでありたいという思いから、各制度もメンバーの声をもとに立ち上げることが多いんです。
メンバーで編成している「働き方検討委員会」もあって、そこから副業制度も生まれました。「やりたいことがあればどんどん声を上げて」と経営陣からメッセージを発信していることもあって、メンバーの意見がカジュアルに飛び交っています。
個人に合わせて柔軟に対応したいという思いはありますが、今後そのなかで新たな課題も出てくるかもしれません。「災害サポート制度」についても、引き続き条件などを決めきらずに、メンバーの「今はボランティアを最優先したい」などの思いにスピーディーに対応できるよう、これまでの実例を鑑みつつ準備していきたいと思っています。
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被災した地元などへのボランティアのために、費用をサポートしてもらえる「災害サポート制度」は、会社で働くことが収入のためだけではなく、社会貢献など仕事以外の達成感も得られる機会にもなっているとわかりました。自分が大切にしたいことを会社も理解し、応援してくれると実感できることも大きな信頼関係とやりがいを生むのではないでしょうか。
取材・文/高梨真紀 写真提供/アディッシュ株式会社