やり直せる社会 スライダー用画像

妊娠や出産、介護などのライフイベントによって、思うように復職できず悩む女性が多い昨今。また、精神的な不安を抱え、以前のように働けなくなる女性も…。

 

離職や復職という悩みにどう向き合えばいいのか、「やり直せる社会」になるためには何が必要なのか?働く女性を支援する「ウェルネスライフサポート研究所」の代表・加倉井さおりさんにお話を聞きました。

仕事を休むことも失ったことも「人生を見直すチャンス」

── 加倉井さんは、離職や復職の悩みを抱える女性たちから相談をうける機会が多いそうですね。どういうお悩みが多いでしょうか?

 

加倉井さん:

妊娠や出産、子育てとの両立、職場の働きづらさ、親の介護、病気の発覚など…退職の理由はみなさんそれぞれです。コロナ禍の影響で、突然解雇された方や、企業の合併・統廃合の都合で辞めざるを得なかったという方も増えたように感じます。

 

あとは仕事が原因で、心身不調になってしまった方の相談も多いですね。私自身が保健師であり、弊社は心とからだの健康を唱えているので、なおさらかもしれませんが。

 

悩んだり落ち込んだりしやすい人は、じつは自分で悩みをつくっている場合も多いんですよ。自分を責める必要はまったくないはずなのに、「私なんて…」「一度失敗したから次もダメだろう」と考えてしまう。そういう“心のクセ”がある方はけっこういます。

 

── “心のクセ”、ですか。

 

加倉井さん:

はい。「自分が弱い人間だから」「自分は人に迷惑をかけている」と考えて、自分で自分の勇気をくじいてしまうような“心のクセ”があるんですね。そのクセがあると、新しい一歩を踏み出しにくい状況になりやすく、仕事を続けることを断念してしまいがちです。

 

悩むことは、決して悪いことではありません。その悩んだ経験こそが、その後の人生の糧になるはずですから。もし何かしらの理由で退職された方は、自分がどう生きていきたいのか、何を大切に生きたいかを考える、いいチャンスを与えられたと考えてみてください。

 

心身を壊す方は、真面目で、正しく生きようと一生懸命な人がほとんど。すでに頑張っている自分をちゃんと認めてあげてほしいです。「本当はこう生きたい」「これが好き・嫌い」という“おなかの声”よりも、「こうあるべき」「こんなことで弱音を吐いていちゃダメだ」という“頭の声”を優先させてしまうから、無理してしまうんですよね。

頼まれた仕事を断れない女性のイメージ

── ときには“おなかの声”に耳を傾けることも大事だと。途中でつまずいてしまい、立ち直るための方法がわからない人はどうしたらよいでしょうか。

 

加倉井さん:

休める状況や環境がある場合は、次のステップに進むための「静養期間」や「研修期間」と捉えて、自分と向き合ってください。そのときに大事なのが“心のクセ”に気づくこと。自分に優しくできるメンタルケアが私は大事だと思っています。

 

人はみんな弱く、みんな強い。つまりいろいろな面があるわけです。復職や再就職をしても、困難を感じることもあるかもしれません。だからこそ自分を大切にして、相手も思いやって、補い合いながら生きていくことがますます求められる時代になってくると思います。

自分に声をかける「セルフメンタルケア」とは

── 心がけや気持ちを切り替えるほかに、自分でメンタルケアをする具体的な方法はありますか?

 

加倉井さん:

頭で考え過ぎてしまう方は、からだをほぐしましょう。たとえばマッサージを受けに行くのでもいいですし、自分のからだにやさしく触れて自己肯定感を高める「セルフウェルネス・タッチケア®」もおすすめしています。瞑想や呼吸法もいいですね。

 

美しい景色を眺めることも効果的ですし、ウォーキングなどのちょっとした運動もいいと思います。心臓の鼓動を感じて、呼吸に意識を向けてみてください。

 

何を楽しいと思うのか、何に喜びを感じるのか。自分を探ってみましょう。そしてそれをする時間を確保することが大切です。

 

── 探ってみると、自分がしたいことや大事なことが見えてくるということですか?

 

加倉井さん:

したいことにつながる可能性もありますが、まずは自分の心が元気になっていくことが何より大事だと思います。前向きに物事を考えられるようになるためにも、こういう時間を意識してつくり、手を抜かずにやりましょう。

 

私はよく「いのち育て」という言葉でお伝えしますが、自分のことをダメだと思ったり、「私なんて」と卑下したりする行為は、ある意味、自分をいじめていることと同じなんですよね。ほかの誰かが悪く言っていなくても、自分が自分にそう言ってしまっているのです。

 

── なるほど。自分で自分を落ち込ませてしまうんですね。

 

加倉井さん:

自分と24時間対話できる人は、自分しかいません。だから自分自身で、勇気づける言葉を毎日かけてあげましょう。たとえば、就寝前に「いやぁ今日も大変だったけど、私、本当によく頑張ったね!」と、自分に言ってあげるんです。

 

仕事ができてもできなくても、何か特別なことがなくてもいい。今日ここに生きている自分のいのちを大切に、慈しんでほしいなと思います。今日も自分の心臓は動いていて、血液を流して動かそうと、からだが健気に頑張ってくれているのですから。

 

声に出すのが恥ずかしければ、心のなかだけでも。そして、目には見えない「あっぱれシール」を自分に貼ってあげましょう。いまは褒めたり、認めたりする言葉がけ自体が少ない社会。けなされることはなくても、何も言われないということも多いですよね。それは要するに、無視されている感覚に近いのです。

「自分はOK、あなたもOK」と言える社会

── 今回の特集テーマである「やり直せる社会」については、どう感じますか?

 

加倉井さん:

職場でも家庭でも言えることなのですが、褒めたり労ったりするような肯定的な言葉や態度の交流がたくさんあるほど、勇気づけ合える社会になるはずです。

 

I am OK, You are OK」の精神。お互いを認め合って「OK」と言える世界なら、みんながやり直せる社会になりますよね。けれども悲しいことに現実は、「私はいいけどあなたはダメよね」とか「みんなは素晴らしいけど私はダメ」という感情が多く存在する世界です。

 

さらに危険なのは、「自分もダメだし、この社会がダメ」と思ってしまうこと。自分を傷つけて、周りも巻き添えにしてしまうような悲しい事件が起きてしまうのも、こういう背景があるからでしょう。

 

「やり直せる社会」に何が必要かと考えたときに、法律や企業の制度といった大きな話に目を向けがちですが、法律や制度があってもうまく活用できないことも。それよりも大切なのは、一人ひとりの小さな心がけだと思っています。

 

PROFILE 加倉井さおりさん

加倉井さおりさん
かくらい・さおり/「ウェルネスライフサポート研究所」代表取締役。財団法人で18年間保健師・心理相談員として勤めた後、子育てと介護と仕事の両立に悩み退職。2010年に独立。働く女性の健康、メンタルヘルス、キャリアビジョンなどをテーマに研修や講演を行う。著書に『マンガで楽しく読めるハッピーママ入門』(かんき出版)など。

取材・文/大野麻里 イラスト/えなみかなお