20年前と比べて、既に約70%まで人口が減少している北海道檜山郡厚沢部町。子育て世代が流出し、今後も過疎が進むことが見込まれる厚沢部町にある認定こども園「はぜる」に今、保育園留学を希望する家族が全国から殺到しています。

 

保育園留学中はWi-Fiが整備されている移住体験住宅に1~3週間ほど滞在し、親がテレワークをしている間、子どもはこども園に通園して地元の子どもたちと一緒に遊びます。また、平日・週末を問わずに家族で厚沢部町の広大で豊かな自然や食が体験できることも保育園留学の大きな魅力のひとつです。

 

この保育園留学を通して「定住」ではなく「超長期的な関係人口の構築」を目指す厚沢部町。過疎を受け入れたうえで、誰もが住みやすい「世界一素敵な過疎のまち」を目指す厚沢部町が見る未来とは。厚沢部町役場政策推進課の木口孝志さんにお話を伺いました。

木口さん(右)と先生
木口さん(右)と先生

目指すは定住よりも超長期的な関係人口の構築

── 保育園留学を通して「定住」ではなく「超長期的な関係人口の構築」を目指すようになった背景を教えてください。

 

木口さん:
はい。前提として、保育園留学は、「ちょっと暮らし住宅(移住体験住宅)」、こども園「はぜる」、「収穫体験・食体験」など、既にある地域の資産や制度、そしてそれぞれのプロジェクトで得た知見を融合させてできた取り組みでして、この一つひとつのプロジェクトは「厚沢部町に人が来てくれたら嬉しい」という思いから立ち上がっています。

 

なかでも「ちょっと暮らし住宅」は、10年以上前から取り組んでいます。

 

住宅を利用される方はシニアが多く、移住というよりは夏の避暑地として利用される方や、厚沢部町の四季を楽しみに来られる方などリピーターは多いのですが、この取り組みを始めてからは、他の世代の方を含めてもまだ移住に至った方はいない状況です。

 

移住体験住宅で暮らしを体験してもらったとしても、移住するハードルというのはとても高いんだなと思いました。

 

── 人口が増えるということは、やはり簡単なことではないんですね…。

 

木口さん:
そうですね。こども園も、みんなに来てほしいという思いから建てた施設ではありますが、残念ながら人口が増えているわけではなく、同じように厚沢部町の豊かな食材を使った食育体験や収穫体験で人を呼びたいと考えてもなかなか難しい。

 

でも私は、最低限の社会的コミュニティを形成するためにももちろん人口が必要だとは思っているのですが、必ずしも定住だけにそれを求めることはないんじゃないかと思うんです。

保育園留学に見出す関係人口の可能性

── 保育園留学に、定住以外の可能性を見出されたということでしょうか?

 

木口さん:
はい。でも、保育園留学を始める前にはそこまで強く関係人口を意識していたわけではないんです。プロジェクトを進めていくなかで、関係人口の可能性を強く感じました。

 

というのも、未就学児を育てているお父さんお母さんは働き盛りの方が多く、それだけでも関係人口の期間は長くなります。お子さんも、まだ小さくて自分ではその体験を覚えていなかったとしても、お父さんお母さんから厚沢部町での暮らしの話を聞いたら、将来的に厚沢部町に興味を持ってくれるかもしれない。

 

そんなことが生涯にわたっての関係人口になると思っています。

 

たとえば、自宅に帰ってから「厚沢部町のメークイン(じゃがいも)を食べてみようか」でもいい。そんな風に、厚沢部町の農作物を食べてみようか、もう一度行ってみようか、と思ってほしいです。そしてあわよくば住んでみようか、に繋がったら嬉しいです(笑)。

野菜収穫の様子
野菜収穫の様子

 

── 「超長期的」とはそういうことなんですね。

 

木口さん:
はい(笑)。もちろんすぐに結果が出たら嬉しいのですが、これをやってすぐに結果が出るとは思っていません。今は種まき中だと思っています。厚沢部町をいろんな人に知ってほしい。

 

厚沢部町の野菜を取り寄せて食べるなど、そんなところから厚沢部町の農家さんの経済が回ると思うんです。小さなことかもしれないけれど、そんなところからやっていきたいと思っています。それだけで将来は変わるとそう信じています。

つくりたいのは地域の本質的な課題解決に繋がる仕組み

── 保育園留学に全国から応募が殺到していることで、厚沢部町に起きている変化や可能性を教えてください。

 

木口さん:
現在、嬉しいことに12月まではすべて予約が埋まりキャンセル待ちが出ている状態です。体験移住住宅は3棟4戸あり4世帯が入居できるのですが、12月までは常に厚沢部町に子どもが4人以上いるということになります。

 

移住者として4家族を呼ぶことはとても難しい。

 

でも今、結果として、ここに住所はなく、住む人は変わるけれども、厚沢部町で生活をしてくれているお父さんお母さん、そして子どもが年間を通してこれだけいる。
これは経済効果などを考えてもとても良いことだと思っています。

 

また年間を通してこれだけ子どもがいてくれると、保育士さんの仕事を守ることや、雇用の創出にも繋がると思っています。

 

子ども園「はぜる」
こども園「はぜる」

── 応募が殺到している保育園留学ですが、現在抱えている課題はあるのでしょうか?

 

木口さん:
そうですね。嬉しいことなのですが、思った以上に反響があり現在はキャンセル待ちの状態です。これだけ応募いただいているのに、提供できる移住体験住宅は4世帯分です。そして、住宅を利用したい方は保育園留学を希望する方だけではないので、住宅確保の問題があります。

 

いちばん簡単なことは移住体験住宅をまた建てることなのかもしれません。でもそれだと地域の本質的な課題解決には繋がりません。今は、空き家問題を解消できるような、保育園留学とマッチングできる仕組みを考えていきたいと思っています。

自治体間連携で、保育園留学を全国区に

── 今後の展望を教えていただけますでしょうか。

 

木口さん:
はい。現在、自分のところでもやってみたいと言ってくださる自治体が出てきているので、自治体間連携を進めていきたいと思っています。
厚沢部町でキャンセル待ちが出てしまうと、どうしても熱が冷めてしまう方も出てきてしまう。そんなときに、自治体が連携して「他にもこのまちに保育園留学がありますよ」と繋いでいければと考えています。そうすることで「来年あらためて厚沢部町にも来てくださいね」とお客さんを繋ぎとめることにもなると思っています。

 

ポータルサイトも、厚沢部町だけのものではなくて全国の人が全国の自治体を選べるようにしたいですね。自治体同士が助け合って、この保育園留学が全国に波及していけば嬉しいです。

 

 

「建物が不足しているから新たに建てるというのは簡単かもしれない。でも本質的な地域の課題解決には繋がらない」という木口さんの言葉に、地域にあるものを活かしてできた取り組み「保育園留学」の心が見えたように思いました。

取材・文/渡部直子 写真提供/木口孝志