天然エビの加工を行う「パプアニューギニア海産」では、連絡なしに休み、好きな日に好きな時間だけ働く「フリースケジュール制」や「嫌いな作業はしてはいけない」などのルールを取り入れて従業員の働きやすい職場環境を整えてきました。
人を苦しませない働き方を実践されている代表の武藤北斗さんですが、東日本大震災が起こる前は真逆の働き方をしていたそうです。震災で変わった「働き方」の価値観とは。代表取締役であり工場長の武藤北斗さんお話をうかがいます。

武藤さん

きっかけは東日本大震災

── 連絡なしでいつ休んでもいい「フリースケジュール制度」や「嫌いな作業はしてはいけない」というルールを取り入れるなど、御社が従業員を苦しませない働き方を導入した背景を教えてください。

 

武藤さん:
2011年3月11日に発生した東日本大震災がもともとの大きなきっかけです。大阪に移転する前は宮城県石巻市で現在と同じエビ工場を経営していました。しかし、この震災による津波で工場が全壊。僕もあのときに死んでいても全然おかしくなかった。でも、生き残った。

 

このことで、何で人間は生まれるんだろう。そして何で死んでいくんだろう。生き残った自分にはその間に何ができるんだろう。そんな風に、今までは当たり前すぎて考えなかったようなことを考え始めました。

 

「どう生きるか」よりも「どう死んでいくか」を意識しましたね。

被災した工場

僕の生きていくうえでの基本は「働く」ということでしたから、僕が経営者としてやっていくことは、みんなが苦しまずに働ける環境をつくることなんじゃないかと思いました。

 

それすらできないのなら経営者として僕がいる意味はないし、会社が潰れちゃってもしょうがない。そう思ったことが、今このような働き方をしている大元のきっかけになっています。

一億4000万円の負債と葛藤の中で、大阪で再スタートを切ったエビ工場

── 再建の地に大阪を選ばれたのは何故だったのでしょうか?

 

武藤さん:
沢山の方に助けていただいたおかげで大阪に辿り着き、再建できました。そのことに心から感謝しています。そのうえで本心を言うと、僕たちは本当は宮城県で再建したかったのです。

 

しかし、震災の後に追い打ちをかけるように原発事故が発生しました。

 

福島原発がどうなるかも分からない状況であり、当時まだ生後3か月の子どももいた僕は家族を守るために移住するという決断をしました。

 

そんなときに取り引き先の方のご縁もあって、大阪で再起を図る選択をしました。

 

── 被災地から大阪に移っての再建は精神的にも大変だったのではないでしょうか?

 

武藤さん:
そうですね、見知らぬ土地での再起に必死でした。被災地から大阪に移って再建した僕たちには国からの補助はいっさいありません。一億4000万円の負債と、石巻から大阪に避難・移転したことに対する罪悪感や葛藤のなかで会社を再スタートしました。

 

だからこそ、被災地や日本の未来のためになることをやらなきゃと思っているのかもしれません。

移転後も繰り返してしまった震災前にしていた真逆の働き方

── 大阪に移転されてすぐに今の働き方を導入されたのでしょうか?

 

武藤さん:
いえ、実は震災前の僕は、会社の利益拡大だけを求めて事務所で机上の空論をつくりあげているような人間でした。パート従業員のことも、工場に監視カメラをつけていたほどガチガチに管理していたんです。また、当時は別に工場長がいたので、僕は営業に専念して工場に入ることもなかった。

 

大阪で再起を図るときも、見知らぬ土地での再起に必死で、僕はまたしても工場に入らない営業となってしまったんです。今の働き方を導入するようになったのは、当時の工場長が退職しことによって僕が工場長として現場に入らざるを得なくなったから。

 

その覚悟をしたときに、はじまりました。

パート従業員と会話を重ねることで、人を苦しめない職場、そして辞める必要のない会社になった

── 工場長になって初めにしたことは何だったのでしょうか?

 

武藤さん:
工場の現状を把握するために、パート従業員一人ひとりと話すことから始めました。際限なく時間を使って話して分かってきたことは、パート従業員の人間関係が、お互いに憎しみ合っているんじゃないかと思うほどぐちゃぐちゃだったこと。
そして、みんなが会社に対して嫌悪感を抱いていることでした。

 

それも全部、「職場というのはそういうものだ」と諦めて放っておいた結果です。その結果、従業員にとって苦しい職場になっていたんです。

 

── パート従業員との会話を繰り返すことで、「苦しい職場」から「人を苦しめない職場」になっていったんですね。

 

武藤さん:
震災後、人が生きること、死ぬこと、そして働くことについて沢山考え続けてきました。シンプルなことですが、人が苦しむようなことをしたところで、面白くもなければそんなことに充実感を感じるはずもないんですよね。

 

それからは、パート従業員全員が働きやすくなるにはどうしたらいいかばかりを考えて話し合っています。その結果、連絡なしに休んでいいフリースケジュール制や、嫌いな作業はしてはいけないというルールができました。

エビ

── この働き方は他の会社でもできると思いますか?

 

武藤さん:

もちろんです。僕がすごいからできたわけじゃありません。そしてパート従業員が僕のことを好きだからできているというわけでも決してない。

 

ルールはあくまでも手段であり、対話が全てなんです。

 

経営者が従業員と本気で対話を続けることで、おのずとやるべきことは見えてきます。従業員人数の少ない食品工場でこの働き方ができるのだから、他の会社も必ずできます。

絶対に解雇しないと宣言

── 他にも、人を苦しめないための独自のルールがあるのでしょうか?

 

武藤さん:
そうですね。忘年会の廃止や、お土産の禁止などもそうですね。

 

あと、僕は、絶対に解雇をしないとパート従業員のみんなに宣言しているんです。安心して意見を言って欲しいということ、そして一緒に働きやすい会社にしていきたいという経営者としての本気の思いを見てほしいから。

 

現在、組織としていい形ができていると実感しています。いい形ができていると、それをわざわざ崩そうと思う人はいないんです。誰かが誰かを排除しようともせず、追い出そうともしません。

 

トップが絶対解雇しないと言うならば「じゃあうまくやっていくにはどうしたらいいだろう」とみんなも考え始めます。それぞれに居場所があり、辞める必要のない会社になっていると思います。

 

...

 

「僕がすごいからじゃない。経営者が従業員と本気で対話を続けることで、やるべきことが見えてくる。他の会社も必ずできます」

 

そう力強く話す武藤さんの姿に、日本の未来に期待したい、そのために私も行動していきたいと思わされました。

取材・文/渡部直子 写真提供/武藤さん