藤井聡太四冠が食べたおやつの“くま最中”でたちまち、話題の店となった京都・仁和寺近くの和菓子店「御室和菓子 いと達」。京都の老舗和菓子店などで17年間修行を積んだ、伊藤達也さん(37)が、2019年にオープンしました。伝統的な京菓子の味を守りながらも、独創性に富んだ和菓子がじわじわと人気を集めています。一つひとつの和菓子に込める思いと、京菓子の魅力を聞きました。
「冠に地名がつくのは京菓子だけ」愛知出身の主人が京都を選んだワケ
淡いグラデーションが目につく「包み餅」、季節柄をあしらった「上生菓子」、二色のコントラストが鮮やかな「浮島蒸羊羹」。
住宅街の一角にたたずむお店の暖簾をくぐると、優しい色合いの和菓子が出迎えてくれます。店内には厨房をのぞける大きな窓があり、伊藤さんが和菓子を一つひとつ、こしらえている様子をのぞくことができます。
愛知県出身の伊藤さんは高校卒業後、単身京都に移り住み、京菓子の老舗「甘春堂」で修行を始めました。和菓子職人を志したのは、幼いころの思い出がきっかけ。毎年年始に祖母の実家に集まる時、生菓子を食べる習慣があったことから、和菓子に興味を持ったそうです。
修行の土地に京都を選んだのには、理由がありました。
「京都の和菓子を『京菓子』と呼ぶように、和菓子の冠に地名が入るのは京都しかないんですよね。京菓子はあっても江戸菓子や東京菓子とは言わないし、京菓子以外は『郷土菓子』と呼ばれます。京菓子のブランドに惹かれ、そこに本物があると感じていたのでしょうね」
伊藤さんは甘春堂で3年間修行を積んだ後、卸し専門の和菓子店へと移り、修行の傍ら「流しの和菓子職人」として、祇園の旅館などで和菓子教室を開いてきました。その後、創業300年余りの老舗「笹屋伊織」でみっちり10年間修行し、2019年に独立しました。
和菓子の新たな一面を見せる 彩り豊かな和菓子に込める思い
王道の和菓子の見せ方を変える──。17年間の修行で学んだ古き良き京菓子の味を再現しながら、老舗にはない和菓子の新たな一面を見せることが「いと達」のコンセプトです。
たとえば、いと達で人気の「包み餅」。平安朝時代の十二単などに見られる「重ねの色」をイメージした淡いグラデーションの生地で、自家製こしあんや白味噌きなこあんを包み込んだ逸品です。ピンク、緑、オレンジ、紫の色合いはそれぞれ、春夏秋冬の花や木を彷彿とさせます。
「見た目はよく分からないけれど、食べてみたら知っている『和菓子』の味だとすっと受け入れてもらえたら、うちらしい和菓子と言えるのではないかと思います」(伊藤さん)
京菓子の代表格である「生菓子」も店の看板商品です。季節の移ろいに合わせて内容を変えており、12月はサンタクロースとクリスマスツリーをモチーフにした生菓子を販売していました。伊藤さんはこの生菓子に、京菓子の魅力が詰まっていると話します。
「すべてがあんでできているので味は一緒なんですけれど、見た目が違うのが京菓子なんですよね。目を閉じて食べたら春も秋もおんなじ味ですが、形や色合いがあるから季節を感じられる。オレンジが秋にあったらモミジ、春にピンクがあったらサクラと想像できるのは、日本が持つ文化だと思います。色の濃淡を変えるだけで、ツバキから梅、サクラ、桃と表現できるところに面白さを感じています」
一つひとつの和菓子は見た目を作り込みすぎないようにしているそう。あえて「余白」を残すことで、和菓子に込めた季節感を想像しながら食べてほしいとの思いがあるからです。くま最中も同じく時節柄を感じさせながらも、シンプルな見た目にしています。
「ただ食べるだけでなく、『このお菓子が何を意味しているのか』という会話が生まれることが京菓子のよさなんですよ。和菓子をコミュニケーションツールとして、どんな相手でも会話が生まれることが魅力だと思います」(伊藤さん)
ひな節句やお彼岸など伝統的な年中行事と和菓子は切っても切れない結びつきがあります。しかし、親族間の交流の減少やこうした文化の伝承不足により、若い世代の「和菓子離れ」も課題となっています。
そんななかでも、いと達では大学生が帰省のお土産に買っていく姿も見られ、「インスタ映え」すると若い世代の来店も目立っています。
「和菓子を食べてほしいというよりは、うちのお菓子が面白そうだから興味持って食べてみたという感じでもいいかなと思っています。これをきっかけに他の和菓子屋さんに行ってみようとか、とりあえず和菓子を食べる入り口として役割が持てたら嬉しいです」
古くて、新しい。いと達ではそんな和菓子が今日も店内を彩っています。
取材・文・撮影/荘司結有