乃村工藝社でさまざまなプロジェクトのクリエイティブデイレクターとして働く山口茜さん。デザイン部の部長を務めながら3児の母でもある山口さんは、コロナ禍に伴う働き方の変化によって、お子さんとの対話が増えたと話します。

「これまで『仕方ない』と諦めてきた家族との時間が今、叶っている」。働く場所の自由な選択は、家族間にどのような変化を生んだのかを伺いました。

「全社員在宅勤務」が、これまでの後ろめたさを解消させた

 ── 現在はどのくらいの頻度で出社されているのですか?

 

山口さん:

緊急事態宣言が明けて、現在「全社員、週3回まで在宅OK(2021年11月取材当時)」になりましたが、私が丸1日在宅で仕事をしているのは週1回程度。週に23回は出社し、ミーティングやデザイン作業など、オンラインや在宅ではできないことを数時間行った後、顧客との打ち合わせに出かけたり、自宅に戻ったり。ケースバイケースで動いています。

 

── コロナ禍の働き方は、仕事と育児を両立する山口さんにとってどのように影響しましたか?

 

山口さん:

夕方、家で仕事をしていると、学校から帰ってきた子どもの「ただいま」が聞こえてきて、それに対して「おかえり」が言えるようになったこと、「友だちと遊んでくる」と出かけていく子どもたちに「いってらっしゃい」と送り出せることが、これまでになかった変化です。

 

仕事をしている以上、こういった母親らしい対話は諦めざるを得ないと考えていたので、今、それが叶って幸せだなとしみじみ思います。子どもたちと同じ時間を共有できるその時間で母親として果たせなかったことができることへの喜びは大きいです。

 

「母親らしくできていない」「家事がしっかりできていない」というジレンマを抱えて、仕事と育児を両立している人も少なくないはず。それがわずかでも解消できたことが、コロナ禍のいちばん大きな変化だと感じています。

 

── 3人のお子さんは、現在の多様な働き方をどのように捉えていますか?

 

山口さん:

子どもたちとも、私の1日の仕事のスケジュールを共有するようになりました。朝、子どもに「今日は在宅?会社?」と聞かれ「在宅だよ」と答えると、「じゃあ、夕方は何してる?」と返ってくる。予定を確認して「オンラインでミーティング」と答えると「わかった、じゃあ静かに家に入ってくるようにするね」なんて(笑)。

 

これまでになかった家族の対話が生まれるようになりました。

 

── 子どもたちにとっても「親は必ず会社に行くものではない」ということが当たり前になったのですね。

 

山口さん:

それから、全社員に対して「在宅勤務」が推奨されたことも、気持ちがラクになりました。在宅勤務制度は、2016年のトライアル導入当初は育児や介護などの社員利用者の大半でしたが2017年から正式導入され一定の条件を満たせば希望者は誰もが利用できるようになりました。しかし、育児と仕事の両立がしやすいように、負担のないようにという周囲からのケアを感じつつも、いつも「申し訳なさ」を抱いていたのも正直なところ。「私だけ制度を使っていて、ごめんね」と、どこかマイノリティという肩身のせまさを感じていました。

 

でも今は、全員が平等に「在宅勤務」を選択できるようになり、私も堂々と「家で仕事をしていい」という気概でいられます。

「行く場所」が「戻る場所」オフィスの捉え方にも変化が

 

 

── 山口さんにとって、オフィスのあり方はどのような存在ですか?

 

山口さん:

これまでは「毎朝、出社する場所」だったオフィスの存在は、働く場所が自由になった今、「戻る場所」に変化したように感じています。在宅や社外で仕事をしていて、困ったことや相談ごとができたときに戻れる「港」のような、「ベースキャンプ」のような存在。これまで自分のつま先側にあったものが、背中側に移動したイメージです。

 

── オフィスは必要なくなるのでは、という考え方もあったようですね。

 

山口さん:

社内でそのような話題が上がったこともありましたが、結論を言えば、「オフィスはなくならない」と思います。コロナ禍で一時的に完全在宅勤務にシフトしたとき、「自分がどこにいるのか」という指標の必要性を強く感じました。

 

20213月から始動した新オフィスで、フリーアドレス制にしなかったのも同様です。ただし、社内でも仕事をする場所を複数設け、「自分で選ぶ」ようにすることで、より能動的に仕事をできるようになったように思います。

 

戻る場所があるからこそ、安心して動き回れる「巣がある方が自由に羽ばたける」ことを実感しています。

 

── 仕事と育児を両立する上で、今後、「もっとこうなればいいな」と思う部分はありますか?

 

山口さん:

社内でも、育児と仕事の両立をするパパ、ママが増えてきました。家でも会社でも、自分のペースで自由に場所を選べるようになった今、「これからちょっとだけ会社に出るけど、一緒に行こうか」と子どもに言えるような雰囲気になってもいいのかな、と思います。

 

「連れてきてもいい」という承認でもなく、「子連れ出勤」という制度でもなく、ふらっと子ども連れで来ても良いような、そんな空気になっても面白いのかもしれません。

 

 

働く場所が自由なったことで、仕事と家庭の境目も曖昧になってきました。しかしそれは働くパパ、ママにとって、嬉しい変化でもあります。自分の子どもに「ママの仕事、いいね」なんて言ってもらえたら、これまでよりも生き生きと働けそう。子どもにとっても「親の仕事」を知り、自分の将来を考えるきっかけになるかもしれません。

 

PROFILE 山口茜

株式会社乃村工藝社 クリエイティブ本部 デザイン4部 部長。VI(Visual Identity)開発、音楽、デジタルコンテンツなど、多彩なジャンルのクリエイターとのネットワークを活かし、幅広いクリエイティブディレクションを行う。乃村工藝社新オフィスのプロジェクトでは、クリエイティブフロアおよび執務フロアを担当。「太陽ミュージアム」(2020年)、パナソニックのクリエイティブミュージアム 「AkeruE(アケルエ)」(2021年)など、SDGsやダイバーシティなどソーシャルグッドにまつわるプロジェクトへの参画も多数。

取材・文/佐藤有香 撮影/緒方佳子