リモートワークの定着によって、場所を選ばずに仕事ができるようになりました。「行くのが当たり前」だったオフィスは、「出社の必要がある場合のみ」行く場所に変化しています。これからのニューノーマル時代、オフィスはどのように活用するべきなのでしょうか。
商業施設、企業PR施設・オフィス、博物館、ホテル・テーマパークなどさまざまな空間デザインを手がける乃村工藝社では、2021年3月に新オフィスを始動。ニューノーマル時代に求められる新しいオフィスのカタチを発信しています。同プロジェクトを担当し、さまざまなプロジェクトでクリエイティブディレクターを務める、空間デザイナーの山口茜さんにお話を伺いました。
オフィスの価値を再検討する時代になった
── コロナ禍の今、オフィスのあり方は、これまでと比べてどのように変化しているのでしょうか。
山口さん:
どこにいても仕事ができるようになり、オフィスというリアル空間の価値や必要性を再検討しなければいけない時代になりました。
リモートワークの浸透は、業務効率化につながるうえ、家族といる時間も増え、多くの社員にメリットをもたらしました。
一方で「刺激が少ない」「アイディアが広がらない」という課題を感じる声もあり、特に若手社員は「自分の会社とは」という帰属意識が希薄な状態になってしまうことも考えられます。
── 在宅勤務による「コミュニケーション不足」が原因なのでしょうか。
山口さん:
そうですね。オンラインではなく、リアルな場“だからこそ”の価値が、明確に見えてきたように感じています。
例えば、ふとした瞬間の雑談から、思いがけずアイディアが生まれることもありますし、社員の調子も、リアルに伝わってくるのでフォローもしやすいです。自宅に比べて、オフィスは圧倒的に刺激が多い状況と言えますね。
── 顧客からもオフィス空間の見直しをしたいという声が増えているとか。
山口さん:
オフィスの機能を再検討する企業が増え、「社員のエンゲージメントを高めたい」「社内のコミュニケーションを高めたい」という希望を多く耳にするようになりました。
同時に、「社員を幸せにするにはどうしたら良いか」という「ウェルビーング」への意識の高まりも感じています。
座席はチームアドレス制を採用した理由
── 今年3月に始動した新オフィスでは、コミュニケーション誘発やウェルビーイングを意識した仕組みを取り入れているそうですね。
山口さん:
「グループ間の連携強化」「働き方の多様化への対応」という視点で新たに4フロアを改装しました。今回のプロジェクトには約100名の社員が参加していて、フロアごとに担当を決めて企画からデザイン・設計、施工・運営まですべて自社で実施しています。
また、緊急事態宣言下で無制限だった在宅勤務は、現在は全社員「週3までOK」としています(2021年11月取材当時)。
それに伴い、クリエイティブスタッフが集まる執務フロアでは、人数に対して65%の座席を設け、「チームアドレス制」を採用。席数を減らしたことで、これまで別フロアにいたチームをワンフロアに集めることができるようになりました。
これまで会う機会が少なかったチーム同士、距離が近くなり、コミュニケーションが活発になりました。
フリーアドレス制にしなかったのは、「どこに座っても良い」としてしまうと、逆に困惑してしまう人もいたためです。完全に自由にするよりも「チームごとの居場所」を作ることで、安心感が生まれると考えています。
またクリエイティブフロアでは、場所によって色温度の異なる照明や、異なる素材でできたテーブル、さまざまなグラフィックを壁に配置。実際の大きさや見え方を体感しながらデザインすることができます。このように空間デザインを行う際に「この場所だからこそできること」を各所に取り込みました。
社内でも働く場所を「自分で選ぶ」ことが、モチベーションにつながる
── 職種に特化させた機能を空間に持たせたのですね。全社員が自由に使える「リセットスペース2」というフロアも個性的ですね。
山口さん:
ここは、若手社員が中心になって企画、デザインしたフロアです。「ユニークパーク」というコンセプトで設計していて、休憩や食事、打ち合わせなど、まさに公園のように自由に使い方を選べます。執務フロアから気分を変えてここで作業をしている社員の姿もよく見かけます。
仕事をする場所を自分で選ぶことで「ポジティブになれる」「受け身ではなく、能動的になれる」という声を耳にするようになりました。セットされた場所に座るのではなく、気分によって「自分で選ぶ」ことでモチベーションも高まります。
設置しているテーブルや椅子もさまざまな素材や高さのものをあちこちに置いて、そのときの気分で選べるように。場所だけでなく「自分好みの椅子に座れる」ということも精神衛生的に良いと好評です。
企業のアイデンティティを取り入れることでオフィスの価値を高める
──企業としての個性や特徴が見えてくる空間演出ですね。
山口さん:
これからのオフィスは、「アイデンティティの表現」が求められるようになるのではないでしょうか。今、さまざまな企業が「見せられる執務フロア」を作る傾向にあります。ショールームを運営するのではなく、「ショールームの役割を果たすオフィス」にするということです。
乃村工藝社では、サステナブルな視点を新オフィスの空間に取り入れるため、循環水を利用した手洗い場や、国産のスギやヒノキをインテリアに活用しました。以前からフェアウッドへの取り組みに力を入れてきたのですが、視覚的に見せることで、改めて社員に理解してもらうことも狙いのひとつです。
働いている場所や作っているものを、そのままお客さまに見せることは、信頼や共感につながりますし、社員にとっては「自分の働く場所」への理解が深まり、エンゲージメントを深めることができます。
──「うちの会社はこんなところ」というアイデンティティの表現が、顧客にとっても社員にとってもポジティブな効果を生むのですね。
山口さん:
どの業態も同じです。「その会社らしさ」と「職種に特化した機能」を空間にどう埋め込むかが大切だと思います。新オフィスを始動させてから、より一層「場を変えると行動が変わる」ということを実感しています。
「出社する価値を高めたい」という思いは、今、どの企業も考えていること。どこでもできることは排除して、「会社だからこそ」を集約することが、新時代のオフィスづくりには必要なのではないでしょうか。
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「うちの会社にぜひきて」と、自慢したくなる場所は「楽しく、生き生きと働く」ことに紐づいてくるに違いありません。そうして社員が働く姿勢は「良い成果を上げてくれそう」と顧客も思うはず。乃村工藝社には、“これからのオフィス”へのヒントがたくさん提示されていました。
PROFILE 山口茜
取材・文/佐藤有香 撮影/緒方佳子