新型コロナウイルスが流行して以来「遠方の親と会うことができずにいる」と言う方が、多くいるのではないでしょうか?私もそのひとり。互いの感染リスクを避けるため、義理の両親と会うことができず、1年半が経ちました。そして会えない間に、義理の父が認知症を発症しました。

 

もともと温泉やカラオケが大好きだった義父。長引く「自粛」で外出できず、社交の場を失ってしまったことも認知症発症のひとつの引き金になったようです。

 

コロナ禍の「運動不足」「コミュニケーション不足」「社会的孤立」が、高齢者の認知機能の低下につながる危険性は以前から指摘されきました。義父の例は氷山の一角。専門家の間では、今後認知症や認知症予備軍の患者が急増する可能性も指摘されています。

 

遠距離介護を9年間に渡って続けている介護作家でブロガーの工藤広伸さんは「この年末にひさしぶりに帰省する、という方も多いはず。認知症のリスクが高まっている今だからこそ、ぜひ親子一緒に取り組んでほしいことがあります」と話します。

 

離れて暮らす親と取り組んでほしい「あること」とは一体なんでしょうか──?

介護作家が「エンディングノート」を大切だと考える背景

工藤さんは認知症の祖母、末期ガンの父を介護の末看取り、現在も岩手県・盛岡市に住む母親の遠距離介護を9年続けています。工藤さんが母親と毎年欠かさず更新しているもの。それが『エンディングノート』です。

 

「母の認知症は少しずつ進行していますが、今も自分の意思を伝えることはできます。母のエンディングノートには、延命治療は望まない、お葬式は簡素なもので良い、棺にはこんなものを入れてほしい、と言った母の気持ちが書かれています。毎年更新して、これまでに9回書き直しています」

介護作家工藤さんと母親
介護作家の工藤広伸さんと盛岡市に住む母親(本人提供)

工藤さんがエンディングノートを大切にする理由は、自身の強い「後悔」が背景にあるからだと言います。工藤さんは認知症を患っていた祖母を介護しましたが、祖母が子宮頸がんを発症した際、認知症がかなり進行していたため、祖母の意思を確認することができませんでした。

 

「余命宣告は伝えるべきか?延命措置はするのか?手術中に心臓が止まったらどうするか?僕はあまりに重い「代理判断」を迫られることになりました。祖母は13年に90歳で亡くなりましたが、今でもあの時の判断が正しかったのか…?と悩むことがあるんです。

 

その経験から、僕は父が末期がんと診断されたときに父の意思を確認しました。でも少し想像してほしいのですが、瀕死の状態の父を前に、延命措置やお葬式のことを聞く…。これはつらい作業でした。僕はそれ以来、エンディングノートは『親が元気なときに、笑いながら更新するべきだ』と考えるようになりました」

 

エンディングノートは単なる「死の準備のためのノート」ではなく、親の​​これまでの生き方、大切な信条や価値観、親が周囲の人と築いてきた絆を確認する機会にもなります。

 

重たい調子で聞く必要はなく「もし介護が必要になったらどんな介護を望んでる?」「延命ってどう思ってる?」と笑顔で聞くことができれば、今まで知らなかった「親が大切にしている考え」に触れるきっかけにもなると言います。

筆者も挑戦「エンディングノート」ってどんなもの?

「ならば自分もやってみよう!」と思い立ち、エンディングノートを1冊購入し、まずは近くに住む両親と話をしてみることにしました。


両親は共に70歳。さりげなくエンディングノートを見せると「人生の始末を考えるのは、ネガティブな気持ちになりそうだからいやだな〜」と素直な反応が返ってきました。「なるほど…」こんなときは、無理強いせず、言葉にも注意が必要。私は趣旨の説明に時間をかけ、限られた項目のみ答えてもらうことにしました。

エンディングノート

エンディングノート(記者撮影)


エンディングノートには「連絡先リスト」「財産管理」「医療・介護」「葬儀・お墓」「相続・遺言」などの項目があり、大切な人へのメッセージなども記入できます。子どもが聞き取りをする場合は、「選択式」の質問が聞きやすく、両親も比較的スムーズに回答してくれました。エンディングノートの質問項目は下記のようなものです。

 

もし介護が必要になった場合、どこで介護してほしいですか?

□ 自宅

□ 病院などの医療施設

□ 高齢者向けのケア付き住宅

□ 特別養護老人ホームなどの福祉施設

 

延命治療を望みますか?

 □ 望む

 □ 望まない

 □ わからない

 □ 家族にまかせる 

 

私の両親の希望は「不自由を感じるようになったらケア付き住宅でのんびり暮らしたい」「延命はそのときになって子どもたちの気持ちも加味して決める部分もあるから、任せる」「葬式に戒名?まぁ標準的なもので。死んじゃったらわかんないだから。あとはよしなに」などでした。

 

エンディングノートの聞き取り
父親と母親から聞き取る形で記入していきます(記者撮影)

聞きづらい質問も多くありましたが「へ〜、そんなふうに考えていたんだ」とこれまで知らなかった親の価値観に触れる貴重な機会になりました。私もいつか重い「代理判断」を迫られる日がくるかもしれない…。でも、両親が「どんな選択をしても恨まないよ(笑)。あとはよしなに」と繰り返してくれたことは、私の心をスッと軽くしてくれました。

知っておきたい「遠距離介護」という選択肢

私の両親は自宅での介護を望みませんでしたが、平成30年に内閣府が実施した調査では、73.5%の人が「自宅で介護を受けたい」と回答しています。もし遠方に暮らす親が「自宅で介護してほしい」と望んだ場合、子どもはどうしたら良いのでしょうか?

 

介護離職して地元に戻るか?親の希望に反して施設に入ってもらうか?子どもは難しい選択を迫られることになります。認知症の母親の介護を続けている工藤さんは「同居による介護だけでなく、『遠距離介護』という選択肢があることををぜひ知ってほしい」と話します。

 

「僕は東京に暮らしながら、岩手県に住む母の遠距離介護を9年続けています。コロナが流行してからは2か月東京で過ごし、1か月岩手で暮らす生活を続けています。介護保険サービスや、スマート家電をフルに活用すれば遠距離介護は可能です。僕がいない間、母は自分で家事をこなす必要があり、結果として筋力が保たれたり、認知症の症状が進みづらいというメリットもあるんです」

スマート家電をフル活用して親を見守る

では実際どのように「遠距離介護」を実現しているのでしょうか?

 

「僕の母は、現在「要介護2」で自宅で生活していますが、週に4回ヘルパーが訪問してくれるほか、週に1回理学療法士が来て訪問リハビリを、2週に1回訪問看護師が来てくれます。また週に2回はデイサービスに通い、料理を楽しんだり、入浴しています。これだけたくさんの目に守られて、母の自立した生活を支えてもらっています」

 

また工藤さんが活用しているのがさまざまなスマート家電です。

スマートリモコン
写真はイメージです

「僕の日課は、朝起きたらまず見守りカメラで、母の家のリビングのカーテンが開いているか確認すること。開いていれば母は『生きている』とホッとできます。

 

次にスマホで盛岡の気温をチェック。スマートリモコンで母の家のエアコンの温度を調整します。母が見たいテレビ番組が始まればテレビをつけてあげることもできます。

 

玄関には動体検知機能付きの見守りカメラがあるので、母がデイサービスの日を勘違いして外に出ようとした時はすぐに電話をして「今日じゃないよ」と伝えます」

 

【工藤さんが活用しているスマート家電やツール】

□ 見守りカメラ(現在4台設置し、定期的にスマホで様子を確認)

□ スマートリモコン(テレビ、エアコン、照明などを遠隔で操作)

□ 自動消火機能のついたガスコンロ(火事のリスクを減らす)

□ スマートタグ(落とし物対策に利用)

□ 固定電話(スマホに転送し番号を確認、迷惑電話をブロック⇨詐欺対策に有効)

 

「子どもが親の介護をひとりで抱え込まず、さまざまな制度やツールを活用しながらお互いの暮らしを守ることができれば、親も子も長く幸せに暮らせると僕は考えています」と工藤さん。

 

介護の選択肢が大きく広がりつつある今。子どもたちがさまざまな選択肢や可能性を把握し、対話の中で親が希望する「介護」や「最期」に寄り添うことができれば、親も子も互いの人生をあきらめることなく幸せな選択ができるのかもしれません。

工藤広伸さん
PROFILE 工藤広伸

介護作家・ブロガー。岩手県に住む認知症&難病の母(要介護2)を、東京から遠距離在宅介護を続けて10年目。途中、認知症の祖母(要介護3)や末期ガンの父(要介護5)も介護し看取る。30代、40代と2度の介護離職を経験。「親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと(翔泳社)など著書多数。

取材・文/谷岡碧