働く女性が仕事を離れるきっかけは育児、介護などありますが、そのうちのひとつにあげられるのが「夫の転勤」。三菱地所プロパティマネジメントでも昨年末、一人の女性社員が「夫が転勤になったのでついて行くために辞めます」と申し出ました。そこに上司から待ったの声が── 。
彼女が夫の転勤でも会社を辞めずに済んだ同社の「あたらしい転勤」について、働き方改革推進部の幅愛弓さんに話を聞きました。
「ねえ、あたらしい転勤って知っている?」
── 昨年末に夫の転勤を理由に退職を申し出た女性社員を救ったのが、同時期に制度設計を進めていた「あたらしい転勤制度」だと伺いました。まずは、この制度が生まれた経緯から教えていただけますか?
幅さん:
2019年に、営業職の女性社員6名が「新世代エイジョカレッジ」に参加し、そこで発案したのがきっかけです。エイジョカレッジは社外プロジェクトで、「営業職の女性の9割が入社10年以内に現場を離れてしまう」という状況に課題感を持った企業が集まって始まりました。ここでは、今までの当たり前を疑い、実証実験を経た課題解決策を提言することが求められます。ここで2019年のメンバーが提案したのが、「あたらしい転勤はじめました」という企画です。
三菱地所プロパティマネジメントは全国のオフィスビル・商業施設の総合的な運営管理を行っている三菱地所の子会社です。当社は全国転勤がある会社と転勤がない会社の統合を経て、「誰もが全国転勤ありの会社」となったのですが、全国転勤がある会社には女性総合職が少なく、転勤がない会社には多いというギャップがありました。
他方で20代の総合職男女比率は半々にまで高まっており、転勤をきっかけとした離職予備軍が増加する恐れがあると考えました。実際に、転勤をきっかけとして離職したり、夫の転勤に帯同するために退職したりするケースもあり、そこで「あたらしい転勤」を考え出したのです。
転居を伴わない転勤を考案
── どんな内容でしょうか。
幅さん:
「転勤=転居」という従来の常識を疑うものでした。転勤制度は日本独自で、男性が中心となって働くモデルを元に作られてきています。共働き世帯が1980年に比べ約2倍になった今、夫婦それぞれに転勤の可能性があり、他方で子供の学校等の事情があると転居できない、家族が一緒に暮らせないというジレンマが生まれています。そこで、ライフステージに応じて、キャリアを継続する方法がないか、模索する必要がありました。
例えば、「配偶者が大阪転勤になった、だから大阪に住居を移したい、けれど、妻も東京での仕事をやり続けることでキャリアの継続ができないだろうか」「事情があって東京を離れられないけれども、地方支店の仕事をすることで新たなキャリアを積めないか」などと考えました。
コロナ前に実証実験 85%の業務が遠隔で可能と判明
── 今でこそ、リモートワークは普及してきていますが、2019年はまだまだ一般的ではなかったように思います。その環境下で、どのように営業職でも遠隔地で勤務できるようにしたのでしょうか。
幅さん:
まず業務の棚卸しからはじめました。すると、その時点では、業務の50%が現地にいないとできないという結果が出てきたので、この「現地マスト業務」のやり方を変えていくことでどこまで遠隔で業務ができるか実証実験をしました。エイジョカレッジ参加者のうち3名が実際に東京や横浜から名古屋支店や関西支店に行き、1か月、遠隔地から業務を行いました。
その結果、会議のオンライン化、契約書の電子化などを進めたり、現地にいるスタッフとの業務分担を見直すことで、業務の85%は遠隔地でもできることがわかりました。
また、遠隔地での顧客対応はオンラインになりますが、移動時間などが不要になることで業務に割ける時間が増し、顧客の要望にもスピーディに応じられるというメリットが出てきました。
現場に来て欲しいという声には現地にいる従業員が対応も
── デメリットはありませんか。
幅さん:
現地の従業員に負荷が発生するという指摘はありました。
例えば東京に住んでいて地方支店の仕事をしている場合、現場で事故が起きてもすぐに現地に行けないので、支店勤務の人間が代わりに駆けつけることになります。
また、職場の同僚とのコミュニケーションがオンライン中心となり、リアルコミュニケーションと比較して関係が希薄化するという指摘もありました。
そこで、現地にいる従業員に負担が偏らないよう、リモートでできない業務が1割発生するなら、現地従業員のリモート可能な仕事を遠隔地から1割引き受けるという調整をすることとしました。また「あたらしい転勤」を利用される方には、コミュニケーションを意識的に、積極的に取る必要があることを制度利用開始前に説明することにしています。
制度利用した女性は辞めずに済んだ
── あたらしい転勤はいつ制度スタートしたのですか。
幅さん:
2021年4月1日にスタートしました。利用している方が現在1名います。配偶者の転勤に帯同して(当社の支店がある)地方に転勤されたのですが、支店に出社しつつ、転居前に担当されていた東京の業務をされています。
利用した彼女とは、定期的にミーティングをしてヒアリングをしていますが、従前の担当業務を中心に問題なく遠隔で業務ができているようです。
── 他に利用はありませんか?
幅さん:
4人ほど申請や問い合わせがありました。残念ながら申請要件(現在は、配偶者の転勤、介護等のやむを得ない事由に限定)に充たなかったり、配偶者の転勤に合わせて同じ地域に転勤する方が良いケース等もあったりし、個別に話を伺いながら対応してきました。
今後は「転居しないで遠隔地のキャリアを積む」ことも検討
── これからの「あたらしい転勤」はどうなっていきますか。
幅さん:
「東京から配偶者の転勤に帯同して地方支店のある土地に転居し、遠隔で東京の仕事を続ける」「地方支店に転勤中の人が、東京の親の介護をせざるを得なくなり、東京に戻りつつ、地方支店の仕事を継続する」といった働く場所を変えつつ、仕事の内容は変わらない働き方は21年4月に制度化できました。
今後は、働く場所は変えず、仕事の内容が変わることで、居住地に制約があっても柔軟なキャリア形成ができる働き方を制度化していきたいと考えています。
例えば、関西支店にいる方が、子供の学校が関西にあるから転居はできないという事情を抱えていたとして、それでも関西にいながら東京の仕事を担当したり、または東京で地域活動へ熱心に参加されている方が、東京にいながら名古屋の仕事を担当したりできるようにすることで、転居せずに各地の様々な経験を積むことができます。このようなことが可能になれば、従業員のワークライフバランス向上にも寄与しつつキャリア形成もでき、会社にとっては、将来的に転勤できる人材が枯渇した時に遠隔地からフォロー体制が持続的に構築できるというメリットがあります。
こちらは、社会情勢を鑑みつつ、実証実験を行い、制度化していく予定です。コロナの影響でリモートワークが加速度的に広まっていますが、東京と地方では温度差を感じています。当社はビルオーナーからビルの管理を預かる事業を営んでおりますので、顧客であるビルオーナーから現地にいて欲しい要望があれば、それを汲みつつ、人の配置をしていく必要があります。
ただ、リモートワークの浸透や技術革新に伴い、働き方が柔軟になる傾向は今後も続くと考えています。夫の転勤に伴って女性が辞めたり、転勤できないからキャリアアップをあきらめたりするといったことがない、「あたらしい転勤」が当たり前になれば良いなと思っています。
取材・文/天野佳代子 写真提供/三菱地所プロパティマネジメント