共働き時代に合った私らしい生き方・働き方を模索するCHANTO総研。

 

育児用品メーカーのピジョンには、ライフイベントと仕事の両立を目指した「ライフ・デザイン休暇・休職」制度があります。はじめは不妊治療で活用することをメインにした制度でしたが、現在は、養子縁組と里親制度を希望する社員も対象になっています。

 

ほかではあまり見られないこの取り組みについて、生まれた背景と実際に活用した社員の体験などを、人事グループの渡辺雪香さんに伺いました。

ピジョン 人事グループ 渡辺雪香さん

里親制度や養子縁組にも対応できる制度設計はひとりの社員の相談から始まった

── 「ライフ・デザイン休暇・休職」制度の特長を教えてください。

 

渡辺さん(ピジョン):

不妊治療と養子縁組、里親制度を目的とした休暇・休職制度です。休職は最長で2年間休職でき、2015年からスタートしました。

 

もともとは不妊治療に専念してもらうことを目的としたもので、「仕事をしながら不妊治療を継続することは難しく、治療に専念したいから」という理由で退職する方がいたことをきっかけに始まりました。

 

休職の場合は、最短1か月から最長24か月を、在職中に最大2回に分け使うことができます。長期の休職を希望しないときは休暇を使うこともできます。2年の有効期限を過ぎてしまった年次有給休暇を最大60日まで積み立てることができる積立有給休暇制度があり、不妊治療による通院などで、積休を活用することができます。

 

── 社員の声から生まれた制度なのですね。養子縁組と里親制度を希望される方を対象にしたのは、どんなきっかけからですか?

 

渡辺さん(ピジョン):

2016年にある社員から「養子縁組を考えており、まとまった休みが必要になる。仕事を辞める以外に何か方法はないだろうか」と人事に相談があったんです。

 

当時、養子縁組は対象ではなかったのですが、規程では「その他会社が認めるとき」という取得要件がありました。本人と密にコミュニケーションをとりながら養子縁組や里親制度等のそもそもの制度の内容や、本人が置かれている状況を把握し、このようなケースでも制度利用を認めることにしました。

ピジョン 社員が人事に相談している様子

── その方はどのくらい休職されたのですか?

 

渡辺さん(ピジョン):

7か月間です。養子縁組を希望する場合、最終的に家庭裁判所で許可を受けますが、その前にいくつもステップを踏む必要があるそうなんです。

 

まずは児童養護施設を訪問して子どもと面会を繰り返します。それが順調に進めば外出や外泊など交流を増やし、次の段階では同居を開始し、そして試験養育期間、という具合に段階を踏んで養育期間を長くしていく必要があり、その時間が増えていくことで、おのずと仕事との両立が難しくなる場合があるようです。

 

加えて、日本で養子縁組を考えた場合、これまでは母親にあたる妻が養子縁組の準備に専念するのが当たり前でした。最近は状況が変わりつつありますが、当時はその社員も妻である自分に求められる役割が多くなることで、仕事と両立が難しくなることを懸念し、かなり悩んでいたようです。

国の制度では受けられないサポートを会社が支える

── 養子縁組を実現するためには多くの時間が必要になるのですね。サポートがないと難しそうです。

 

渡辺さん(ピジョン):

そうなんです。制度を利用した社員は、「どうしても仕事を続けたい」という思いを強く持ちながら、一方で「子どもを迎える準備も丁寧にしたい」と考えていました。

 

そこで、悩んだ末に「無理かもしれないけれど人事に相談してみよう」と申し出たということでした。「話をきちんと聞いてくれて、制度も自分に合った形で活用できてありがたかった」と話していました。

 

── 会社が理解してくれていると思えるだけで安心感が大きいですよね。最大2年間の休職を1回だけでなく2回に分けて使えることも選択肢が広がると思います。

 

渡辺さん(ピジョン):

養子縁組が決まるまでに必要な期間が状況によって大きく違うようで、1年経ったらこうなる、2年経ったらこうなる、という決まった形はなく、あらかじめ計画を立てられるものではないそうです。

 

もともと不妊治療を事由につくった制度で、それぞれのご夫婦や治療の状況によって必要となる期間はまちまちです。それもあって期間制限を厳しく設けず、自由度をあげたのが「ライフ・デザイン休暇・休職制度」でした。

 

それが今回のようなケースにもあてはまり、「1か月から24か月まで、どこでどう区切って休むかを自分で選べるので、それが気持ちの余裕につながった」とのことでした。養子縁組の確定まで時間が読めない状況で、家族にとって「最適な状態」を24か月の中で自分自身が判断できることが良かったと。

 

復職後は、お子さんとの時間を大切にしながら仕事にも取り組めているそうです。

ピジョン 社員のプライベートの様子

── 実際に制度を利用されたことで気づきもあったのでしょうか。

 

渡辺さん(ピジョン):

はい。国が定めた育児休業制度は、特別養子縁組のための試験的な養育期間にあるお子さんを養育する場合なども対象になるのですが、2歳を超えると適用されません。ところが、養子縁組を希望する場合、迎えるお子さんの月齢や年齢はさまざま。例えば3歳のお子さんだった場合には育児休業制度は適用できない現状があります。

 

制度を利用した社員は、国の制度ではサポートを受けられない部分を会社が支えてもらえるありがたさを感じたとのこと。これからも同じようなケースで悩む社員が増えてくることも予想されるので、「ぜひ今後もこの制度は継続してほしい」と言ってもらえたのが印象的でした。

「仕事を辞めるしかない」と社員が悩む前に

── 「ライフ・デザイン休暇・休職制度」で大切にしていることはありますか?

 

渡辺さん(ピジョン):

今回のような里親制度や養子縁組を理由とした利用に限らず、この制度は名前の通り「社員みずから自分の人生を自由にデザインしてもらうこと」が大きな目的です。これからも時代に合わせて社員のニーズも多様化してくると考えています。

 

そんなときに社員がプライベートな事情によって「仕事を辞めるしかない」と諦めるのではなく、社員が仕事との両立をはかれるよう、制度や環境を整えることでサポートしたいです。そのためには社員が気軽に人事グループに相談できるような雰囲気や環境をつくることが大切だと思っています。

 

── 相談しやすいような雰囲気づくりで工夫しているところはありますか?

 

渡辺さん(ピジョン):

普段から、働き方で困ったときには人事グループの担当者やマネージャーに気軽に問い合わせてくれる人が多いのですが、人事からも積極的に話しかけて、より話しやすい関係づくりを意識しています。人事担当者は全社員の顔と名前が一致していますし、社員も「何かあれば人事のあの人に相談しよう」と思ってくれているかもしれません。

 

また、育休から職場復帰した女性社員に向けては、毎年「復職ママ会」という、その年に復職した社員を集めた交流会も実施しています。同じ時期に戻ってきた社員同士の横の結びつきを強め、それにより妊娠中、育休中、復職した段階で困っていることやサポートしてほしいことなど本音で語れるような雰囲気づくりを工夫しています。

ピジョン 復職ママ会の様子

── 「ライフ・デザイン休暇・休職制度」で課題に感じていることはありますか?

 

渡辺さん(ピジョン):

これまで不妊治療による制度利用は女性のみだったのですが、リサーチしたところ、実は男性の不妊治療経験者も少なくなく、自身の有給休暇などを使って仕事と両立していたことがわかりました。今後は性別関係なく気軽に制度を使えるように、不妊治療について誰もが当たり前に相談できる風土を整えていきたいです。

子育て社員のチームで「新制度」を開発中

── そのほかに新しい取り組みがあれば教えてください。

 

渡辺さん(ピジョン):

もともと育児用品を製造・販売している会社なので、育児に関する制度は以前から整っていて、その後も充実させてきましたし、制度を当たり前に使うことができる会社になっています。

 

とはいえ、現状がベストだとは思っていません。社会環境が刻々と変化していくなか、社員がもっと安心して活用できる、その時々の時代に即した制度を、今後は社員自身の声を反映してつくりたいと考え、社員と一緒に制度を考えるプロジェクトを立ち上げました。

 

一緒に制度を考えてくれるメンバーを募集したところ、20代~40代の育児中の社員が男女合わせて28名が賛同してくれました。現在は20223月の制度化を目指し、いろいろな課題やアイデアを出し合いながら、実現に向けてディスカッションを重ねています。

 

ちなみに、こうした生の声を吸い上げるアンケートは、育児中の男性社員の配偶者にも協力していただきました。男性社員のパパぶりについての質問では、「いつも積極的に子どもと関わってくれている」「ピジョンの社員だからこそ、もっとこうしてほしい」などリアルな意見が寄せられました。ピジョン社員ではない家族の方からもこうして本音を伝えていただけたことは大変ありがたいですね。

 

今後は育児以外の面でも、社員の生の声から制度づくりを広げていけたらと思っています。

 

 

不妊治療や養子縁組、里親制度など、社会の動きや社員の想いに合わせて柔軟に対応しているピジョンの「ライフ・デザイン休暇・休職」制度。その土台には、社員一人ひとりの事情や想いを理解しようと働きかける丁寧なコミュニケーションがありました。相談しやすい雰囲気を醸成するその工夫や行動は、新しい制度づくりにも効果を発揮するに違いありません。

【会社概要】
社名: ピジョン株式会社
設立年月:1957年(昭和32年)8月
業種: その他の製造業
事業内容: 育児・マタニティ・女性ケア・ホームヘルスケア・介護用品等の製造、販売および輸出入、ならびに保育事業

取材・文/高梨真紀