共働き時代に合った生き方・働き方を模索するCHANTO総研。

 

今回は、経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選(2017)」、中小企業庁「はばたく中小企業・小規模事業者300社(2017)」など、働き方に関する数々の賞を受賞している佐川印刷株式会社(佐川正純社長・愛媛県松山市)の働き方改革について取り上げます。
かつては「女性が定着しない」という大きな課題を抱えていました。そんななか、ICT化や、「女性活躍推進」を社長みずから積極的に発信するなどの取り組みを経て、女性の勤続年数が10年あまりで2倍以上に伸びています。
経営管理部次長でポジティブ・アクション推進リーダーでもある加納飛鳥さんに、その取り組みが社内に浸透した経緯について、詳しく伺いました。

加納飛鳥さん

ライフイベントを迎えた女性が次々と退職

── 印刷業界というと、多忙で毎日深夜残業というイメージで、正直女性が働きやすい印象がありませんでした。佐川印刷さんが、女性活躍推進に取り組まれたきっかけは何だったのでしょうか?

 

加納さん:
もともと当社は、女性も多い会社でした。印刷の工程には細かい作業も多く、女性の丁寧で繊細な仕事ぶりがマッチしていると社長は考えていたようです。ただ、長時間労働などの課題はあり、就業継続を阻むひとつの要因であったのも確かです。
また、製造現場では重いものを運んだり、危険が伴う機械を操作したりと、どちらかというと男性の仕事だと思われがちだったんです。それで、結婚や出産などライフイベントを迎えた女性が次々と退職してしまっていました。女性の勤続年数も6.3年とかなり短かったんですね 。

 

そんな課題を抱えていた2004年、愛媛県の雇用均等推進室の方から、厚生労働省が推進する「ポジティブ・アクション チェックリスト」を紹介されました。「全ての部署に女性が所属しているか」「女性管理職はいるか」などの項目がありましたが、正直できていないものも多くて(笑)社長はかなりショックを受けたようです。
「女性が定着しない」という大きな課題を解消すべく、女性が働きやすい職場づくりのため、リストの実現に取り組むことになりました。

新・ダイバーシティ経営企業100 選(経済産業省)の賞状

「ロールモデル」が存在していることが大きな意味を持つ

── 具体的に、どのようにして女性活躍推進に取り組まれたのでしょうか?


加納さん:
さまざまな取り組みがあるのですが、大きなものでいうとICT化です。印刷業は生産性が低い業界だと言われてきましたが、そのムダを洗い出し、ICT化が可能なものについては積極的に置き換えました。

 

先ほどお話した印刷工場でいえば、重いものを運ぶ作業や、危険を伴う機器などをロボット化し、ボタン一つで操作ができるようにしました。それにより、性差無く仕事がこなせるようになったんです。そうすることで、男性ばかりだった工場に女性を配属することができるように。現在は、全ての部署に女性が所属しており、管理職も全体の約3割が女性となりました。

 

また、毎年発表される「経営方針」に、女性活躍推進が盛り込まれています。実行する立場にある経営幹部や管理職は、当然それについて理解しなければなりません。皆が同じ方向を向いて組織を変えようとするので、個人の働き方に関して、上司と部下の間で建設的な会話ができるようになりました。


── ハード、ソフト両方の側面からのアプローチを進められたんですね。


加納さん:
はい。ただ、これらの取り組みを社内で浸透させるには、「トップの意思表示」が大きなポイントだと思います。会社として女性活躍推進に取り組むことは、社長が朝礼でたびたび話していますし、個別に社員とも会話します。
例えば、私の結婚が決まったとき、社長に報告すると「おめでとう!それで、仕事は続けるんでしょ?」と言われました。当時、まだまだ「寿退職」をする人も多い世の中だったので、正直「続けていいんだ!」と驚きましたね。
今では男性社員でも、「子どもが産まれました」と報告した瞬間「育休はどうする?」と聞かれます。「ちょっと取れそうになくて 」と言おうものなら「なんで取れないの?」と理由を深堀りされたりして(笑)業務が理由である場合は、どうすれば育休を取得できるかを上長と話し合うことになります。

 

── そうやって、徐々に社内に浸透していったんですね。


加納さん:
最初は、半信半疑だった社員もいました。でも、取り組みを通して、2005年には「均等推進企業表彰」愛媛労働局長奨励賞を受賞。その後も、「くるみんマーク」の取得や、経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選」など、働き方に関するさまざまな受賞もあり、「自分たちのやっていることは、外部から見て評価されることなんだ」と社内でも納得感を持って認識されるようになってきたんです。


── 加納さんご自身も、2011年に初めての育休を取得されているとか。スムーズに取得できたんでしょうか?


加納さん:
はい。既に社内に「ロールモデル」となる先輩社員がいましたから。私が入社した翌年の2004年に、デザイナーの社員が育休を取得しています。それまで社内では育休が浸透していませんでしたが、「前例」というのは、本当に大きな存在ですね 。彼女のおかげで、私も「退職する」もしくは「育休を取得し、仕事を続ける」という「選択肢」が自然と見えてきたんです。

後に続く社員も増え、現在の育休取得・復帰率は100%です。

いくら法律や就業規則で整備されているからと言って、あくまでも育休は本人が申請しなければ取得できません。取得したくても、声を挙げられない女性も多いと思います。ロールモデルがいるとか、社内で理解が浸透しているという「環境」が、非常に重要だと思いますね。

女性の勤続年数が2倍以上に!フレキシブルな働き方も

── さまざまな取り組みを勧められた結果、「女性が定着しない」という課題はどうなったのでしょう?


加納さん:
女性の勤続年数でいうと、当時が6.3年だったのに対し、今年は13.4年と、倍以上になっています。
フレキシブルな働き方も、だんだんと「当たり前」になりつつあります。ある程度自身の裁量で仕事をコントロールし、勤務時間にも融通をきかせられます。
例えば、子育てをしていると、月曜日の朝に保育園の入り口でぐずってしまい、預けるまでに時間がかかる...ということも、未就学児あるあるですよね。日ごろから社長や上司に「子育てどんな感じ?」と聞いてもらえるので、そんなイレギュラーな事態でも状況を開示しやすいのがありがたいです。「そういう時は焦らず、安全第一で出社して」という言葉に、何度も救われています。

 

── 多くの方が焦ってしまうシーンだと思いますが、それは本当にありがたい環境ですね。

 

加納さん:
はい!家族のことって、あまり職場で話さないこともあると思うんです。でも、常日頃から気軽に聞かれると「そういえばこんなことが…」と話しやすくて。

そして、女性が働きやすい会社は、男性も働きやすい。最近では、アートディレクションやデザインの領域で、管理職も勤める男性社員から「16:00に退社して子供を学童に迎えに行きたい」と相談がありました。当社の定時は8:15-17:15なので、1時間以上も早い退社になりますが、そのときも上司やチームと方法を相談し、実現することができました!
とはいえ、まだまだ「社員が幸せになる働き方」について、課題に感じていることはあります。今後も、誰ひとり取り残さず、みんなが働きやすいと感じる会社を目指して、一つひとつ取り組んでいきたいと思います。

佐川印刷社屋

※ポジティブ・アクションとは:社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置(男女共同参画局HP より引用)

取材・文・撮影/三神早耶