「正解がないからこそ人は悩むし、もがいて苦しむ。それってすごく人間らしいし、この言葉が適切かどうかはわからないですけど、“もがきながら前へ進もうとする人間の姿は美しい”と思いながら、映画を撮っています」
映画監督の三島有紀子さんに、映画『Red』の主人公・塔子が抱える生きづらさを起点に、自身の人生の選択や決断、自分らしくいるために大切にしていることを聞いた。
「何を選択したか」が人生を決めていく
三島さんの映画作品にはさまざまなタイプの女性が出てくる。なかでも印象深いのは「生きづらさ」を抱える女性を描いた映画『Red』(出演/夏帆、妻夫木聡、2020年)。
相手に合わせて自分の気持ちを飲み込んでしまう塔子の姿は、何かしらの我慢や気づかないふりをして、平穏を保とうとする現代女性の姿に重なるかもしれない。
かつての恋人と出会い、自分を取り戻した塔子のセリフ「ちがう。全部、自分のせいだ」という言葉には、過去の自分に対する気づきがあらわれている。
「私の性格は塔子とは正反対。ですが、このセリフだけは自分にもあてはまると思っています。
人は、辛くなるとつい周りのせいだと言いたくなるけど、自分がどういう人に出会って、なにを選択して生きてきたかが、人生を決めていく。選択の連続なんですよね。
塔子は家族を捨てて恋人と生きることを選択しますが、それは娘との別れという大きな代償を払います。これは映画の話なので、現実世界でその選択をすることはなかなかないかもしれません。
でもひとつ確実に言えるのは、自分の気持ちに向き合わないでいると、どんどん自分がなくなっていく、そして、なにを感じているか、どう思っているかさえにも気づくことができなくなってしまうということ。
それが積み重なると、ときには大きな代償を払わざるを得なくなることもあるのかもしれません」
自分の中に生まれる「芽」を枯らさず育てる
三島さん自身が人生の大きな「選択」をしたのは33歳の頃。生きづらさを抱えた幼少期に映画に救われたことが原体験となり、映画監督を目指すためにNHKを退職したという。
「周囲の人には反対されましたね。それなりに安定した収入はあったし、名刺を出せば大抵の人は会ってくれる。そんな状況を手放すことに対して、母親にも縁をきるとまで言われました。
実際に映画監督になれる保証もなかったし、仕事が軌道に乗るまでは、ただの石ころみたいに外に出るだけの日々。
家の電気を止められて、撮影現場で使うヘッドライトで生活していたときは、さすがに、 『私なにやってるんやろ。もういい年齢やで』(注:三島さんは大阪出身)って思いました。
元同期が家を買ったりする年齢だったので」
そんな状況になっても三島さんの気持ちがぶれなかったのはなぜだろうか。
「自分のなかに『あ、これ映画にしたい』『こんな人を描きたい』という気持ちが、植物の芽みたい日常の中でふつふつと出てきて、それを無視できないんです。
映画をひとつ作るためには、時間もかかるし、お金も人も集めないといけない。完成したあとに公開してもらうところまで、決してラクではありません。
本当はそれに気づかないようにできたらいいんでしょうけど、一度出てきた芽は自分でも摘めないんです。どうしても育てて花を咲かせたくなります。
生きづらさを抱えもがきながら前に進む人の姿は美しいしそこに惹かれるので、そういう方がいるとつい観察しちゃいますね」
覚悟を持って一歩を踏み出す勇気
自身の作品のなかで、自分に近い登場人物は『繕い裁つ人』(中谷美紀主演、2015年)の主人公・市江だという。
「市江は最初、祖母が作った服を繕うだけだったのですが、そのうち自分のオリジナルのデザインで服を作るという一歩を踏み出します。
映画も、すでに巨匠とよばれる人たちのいい映画がたくさんあるし、日々、素晴らしい作品が生み出されています。
でも今、生きている人たちに向けて、今の自分が見ているものを映画にできるのは自分だけ。
『自分で作り出す』という一歩を踏み出した市江のプロセスが自分に近いので、この映画は私にとって映画監督として生きていくという宣言でもあるのかなと思います。
いつまで撮らせていただけるかわからないし、私が映画を生み出さなくても困る人はいないけど、それでも生むんだっていう覚悟を持って映画を撮り続けたい」
正解がないからこそ自分で決めていくしかない
塔子のように、悩んだり流されたりしないのかたずねると、「スパスパ答えを出せる人は、なかなかいないのでは」と笑った。
「映画監督という職業がそう見せるのかもしれませんね。いろんな監督さんがいらっしゃるので、もちろんそういう方もいますけど、私はどちらかというと悩みながら映画を作るタイプだと思います。
誰かから答えを教えてもらって安心したいと思うこともあるけど、正解ってないじゃないですか。だから自分でひとつひとつ悩んで、考えて、自分で決めていくしかないのかなともがいています。
だから、私が5年後に同じ映画を撮ったとしても、同じ結末にはならないかもしれません。
その時その時での答えを出しながら、リアルとファンタジーの間にある人間の物語を、生々しいけど美しく映画の中で描いていきたいです」
PROFILE 三島有紀子さん
取材・文・撮影/桜木奈央子 取材協力/ポレポレ東中野