共働き時代に合った私らしい生き方・働き方を模索するCHANTO総研。

 

東京と箱根の中間地にある神奈川県の鶴巻温泉。ここに、創業100年の老舗旅館「元湯 陣屋」があります。

 

閑静な住宅街に大きな庭園とともに存在感を放つ「元湯 陣屋」ですが、旅館では珍しい「週休3日制」や「副業可」などを実現した先進的な取り組みでも知られています。

 

その背景には、約10年前に経営者に就任し、夫婦で取り組んだ組織改革がありました。株式会社陣屋の代表取締役で「元湯 陣屋」女将の宮崎知子さんにお話を聞きました。

陣屋 宮崎知子さん
株式会社陣屋 代表取締役 兼「元湯 陣屋」女将の宮崎知子さん。2009年10月、夫の実家が経営する株式会社陣屋に夫とともに入社。「元湯 陣屋」女将に就任する。経営難に陥っていた「元湯 陣屋」の収益を回復させるため、大規模な改革に乗り出し、働きやすい環境づくりも進める。2017年に株式会社陣屋の代表取締役に就任。女将との2足のわらじでより質の高い旅館づくりを推進している。二児の母。一時期は、両家の両親、さらに8人のベビーシッターと一緒に育児を乗り切った経験ももつ。

「週休3日制」は経営改善の成果 

── 宿泊施設で「週休3日制」はとても思いきった制度だと思うのですが、どんな経緯で実現されたのですか?

 

宮崎さん(陣屋):

一般の企業でも「週休3日制」の導入はなかなか難しいと思います。3日も休むと、そのぶん売り上げが下がることになりますよね。そうすると、雇用主としては従業員の雇用をどう守るかという壁が立ちはだかります。

 

売り上げや収益を確保するための方法としては、商品単価を上げることがひとつ挙げられます。陣屋では10年かけて5倍ほど上げました。旅館としての価値を上げたいちばんの理由は、落ち込んだ収益を回復させるためでした。

 

私が夫とともに陣屋に入社し、事業継承したのが200910月でした。当時から収益を上げることに重点を置いて、経営の改善活動を繰り返してきました。「週休3日制」は、従業員と一緒に導いた成果の表れです。

陣屋 旅館

旅館の価値を10年かけて上げた

── 経営の改善が「週休3日制」に繋がったとのことですが、宮崎さんご夫婦が陣屋に入社されたときは約10億円の借金があったとか。そこからどう経営を立て直されたのでしょうか。

 

宮崎さん(陣屋):

まず最初に料理の内容を改革しました。メニューをいちから作り直し、価格も設定し直しました。資金的に苦しいこともあり、料理が受け入れられて資金が確保できたタイミングで、部屋のリノベーションに着手しました。露天風呂付きの部屋を増やすなど、10年間コツコツとリノベーションしました。

 

商品の価値を上げると同時に、サービスを提供する私たちの技量も上げる必要があります。サービスの履修を繰り返したり、外部の講師の方からマナー研修を受けたりといった努力を積み重ねました。

陣屋 客室

── 特に大変だったことは何でしょうか?

 

宮崎さん(陣屋):

大変だったことはたくさんありますが、「商品の値上げ」に対して反感を持つ方が多かったのが大きな障壁でした。旅館側も値上げには罪悪感を抱きがちなんです。「受け入れてもらえないのでは…」と怖くなりますし。

 

でも、商品単価、商品やサービスの価値向上が当時の陣屋には必要不可欠でした。

 

そこで、業務の効率化をはかるため、自社開発したホテルシステム内の社内SNSなどを使って情報共有をデジタル化しました。従業員には担当業務だけを専任するのではなく、マルチタスクに対応できるように企業体質も変えていきました。

 

ただ、すべてを同時進行で行うことで、従業員の負担も増えていきました。そういった背景もあり、「まとまったお休みを取りたい」という声が挙がったんです。従業員が疲れているのはわかっていたし、私自身も休みたかった。

 

もともと、365日営業しながら、シフト勤務で週2日休みを取れるようには調整していました。とはいえ、連続で2日間休めるとは限らず、公平性に欠けた課題もあったんです。

 

そこで、全従業員が一緒に休みを取れるように、まずは2014年に休館日を週2日設けました。夫と事業を受け継いでから5年かかって、ようやく実現しましたね。

組織改革を始めて10年後に「週休3日制」を実現

── 2016年には休館日を3日に増やしたそうですね。理由は何ですか?

 

宮崎さん(陣屋):

休館日を2日設けても、朝食とチェックアウト業務があるため、誰か出勤しなければなりません。週休2日制でも休めるのは実質1.5日という人もいて。すべての従業員が完全週休2日を実現するために、休館日を月・火・水と、3日間に拡大することにしたんです。

 

── それが「週休3日制」に繋がったんですね。

 

宮崎さん(陣屋): 

はい。2020年に就業規則を改訂して「週休3日制」にしました。「変形労働時間制」というのですが、IT化を推進した結果、いつ誰がどのくらい業務を行っているのかがひと目でわかるようになりました。業務内容を共有することで、週休3日制にもスムーズに移行できたと思います。


── 従業員の反応はいかがですか?

 

宮崎さん(陣屋): 

陣屋では有給休暇の100%消化も推奨しているのですが、最近は「コロナ禍でどこにも出かけられないし、疲れも十分とれているから働きたい」といった声が聞かれるようになりました。こうしたやる気のある社員の声にどう応えるかが、今の課題かもしれません(笑)。 

陣屋 従業員の働く姿

WEB編集、ライター 従業員の副業を後押し

── 「副業」も宿泊業では珍しい制度だと思います。いつから認められているのですか?

 

宮崎さん(陣屋):  

5年ほど前からです。ただ、その前から「稼ぎたい方はどんどん稼いでください」とは言っていたんですよ。

 

── 副業している方は具体的にどんな仕事を?

 

宮崎さん(陣屋):  

若手社員が多いのですが、WEB編集、旅行関係のライター、また友達の動画編集を手伝っているという人もいます。

 

── 従業員が副業することで、陣屋にとって効果は生まれていますか?

 

宮崎さん(陣屋):  

陣屋の仕事以外で興味があることにチャレンジしているぶん、知見や人とのつながりが広がるのかもしれません。それが結果的にその人の人生、また仕事にも生かされるといいなと思っています。

情報を透明化。銀行口座の残高も従業員に公開

── ほかにも陣屋ならではの環境づくりがあれば教えてください。

 

宮崎さん(陣屋):  

情報の共有に関しては仕組みがほぼ完成しているので、そういった面から風通しのいい風土はつくられていると思います。どんな情報を持っているかで上下関係も発生しやすいと思うのですが、平等に情報公開しているので、役職も年齢もほぼ関係ないんです。

 

各個人の給与以外は、ほぼ情報を開示しています。今、銀行にいくら残高があるかもわかるようになっているんです。

 

── 銀行残高も!? それはなぜですか?

 

宮崎さん(陣屋):  

会社の状況を透明化したほうが、従業員の不安が払拭され、結果的にモチベーションが上がると思うんです。

地域で常識を超える取り組みを広げたい

── 今後はどんな環境づくりに取り組みたいですか?

 

宮崎さん(陣屋):  

地域で宿泊状況を管理できる仕組みを作ろうと考えていて、すでに取り組みを進めています。陣屋の所在地は神奈川県の丹沢・大山エリアですが、グループとして事業継承をした旅館がある長野県の別所温泉と一緒に進めています。

 

具体的には、この2つのエリアのホテル業、飲食店業、アクティビティ事業者や観光事業者と地域で予約や空き部屋を管理できるようにしたいんです。こうした情報が共有できれば、従業員の働き方もより柔軟になると思っています。

 

例えば、土日は「元湯 陣屋」で働いて、月・火・水を休み、木曜は丹沢エリアのホテル、金曜は同エリアの別の飲食店で働く、といったことが可能になります。

 

── 好きな場所で働けるようになるんですね。

 

宮崎さん(陣屋):  

それに加えて、地域で予約や空き状況を管理できると、旅館の場合、稼働率の低い平日は価格を下げる傾向があるのですが、それを防止する効果も期待できます。それが可能になれば、観光業界に従事する方に恩恵が返ってくると思うんです。長期の計画にはなりますが、ぜひ実現させたいですね。

 

 

陣屋の「週休3日制」や「副業」の制度は、約10年の思い切った組織改革が積み重なって実現したものでした。従業員の働く意欲を高めることにもつながっている陣屋の「働きやすさ」は、地域を巻き込んで次のステージへと移行しています。大きなチャレンジを続ける陣屋に今後も目が離せません。 

【会社概要】
社名: 株式会社 陣屋
創業年月日: 1918年(大正7年)4月11日
業種: 観光業
事業内容: 旅館「元湯 陣屋」の運営

取材・文/高梨真紀