「もっと、アフリカの薔薇を世界へ。もっと、笑顔あふれる世界のために」——そんなミッションで生命力あふれた鮮やかなアフリカのバラを販売する「AFRIKA ROSE」。
代表の萩生田愛さんに「理由もわからず、ただ強烈に惹かれた」というアフリカのバラについて話を聞いた。
安定した仕事を手放し「10年前の今日、ケニアに旅立ちました」
この日、「AFRIKA ROSE」には、ケニアからたくさんのバラが届いた。
「最初の頃は、自分で車を運転して、母を一緒に成田空港までバラを引き取りに行ってたんです」と話す萩生田愛(はぎうだめぐみ)さん。
この日の取材場所であるAFRIKA ROSE広尾本店は、萩生田さんの原点。お店はアフリカローズのスタッフやファン、お客たちで手作りされている。
たりないお金はクラウドファンディングで集めた。ペンキで壁を塗り、床を貼り、木のテーブルを作るなどほとんどプロの手を借りずに作ったそうだ。
萩生田さんがひとりで「アフリカの花屋」を立ち上げたのは2012年。お店の名前を「AFRIKA ROSE」に変えてからもファンや協力者、そしてスタッフを少しずつ増やし、現在は2店舗目を六本木ヒルズに構えるまでに成長した。
「10年前の今日、ケニアに旅立ったことからすべてが始まりました」という萩生田さんは、大学卒業後に大手製薬会社エーザイ株式会社に入社。
グローバル人事部で働いた。7年間の社会人生活に終止符を打ち、ケニアに渡航したのは、強い彼女の思いがあったからだ。
「学生時代に模擬国連という授業で途上国の諸問題に触れ、いつかアフリカに行きたいという思いをずっと持っていました。
仕事は充実していたし、楽しかったのですが、アフリカに行きたいという気持ちが何年もくずぶっていて。
安定した仕事を手放してアフリカに行くと言うと、周囲の人からは『どうしちゃったの?』と言われたり、会社を辞めるんじゃなくて長期休暇で行けばいいんじゃないとアドバイスしてくれた人もいたり。
でも、戻る場所がある状態で行きたくなかったんです。何度も自問自答しましたが、やっぱり今行かないと一生後悔すると思い、アフリカ行きを決めました」
こうして萩生田さんは自分の心の声に従い、7年勤めた会社を退職。アフリカ大陸の東側にあるケニア共和国に渡った。
援助が当たり前になってしまったケニアの現実
ケニアのムインギという地域で、萩生田さんはNGOのボランティアスタッフとして働いた。学校の教室を作る活動を通して感じたのは、仕事がない大人が多いということだった。
「彼らはじゅうぶんな教育が受けられていないが故に仕事がない。当然、教育の大切さに気づく機会がないので、その家庭で育つ子どもたちにも教育を受けるチャンスはありません。
その子が大きくなっても、また教育を受けていないが故に仕事がない……と負のスパイラルになっていると思いました」
これを断ち切るためには、まずは大人が働く場所を準備するべきではないかと考えていた矢先、支援を検討していたある村で言われた校長先生のひと言に違和感を覚える。
「彼女は『How can I help you?(私はどんなお手伝いをしたらいいですか?)』と私に言ったんです。
一瞬、それはどういう意味?と困惑しました。だって、本来なら逆で、私たちNGOが現地の人たちのお手伝いをするはずなのに。
そのひと言で、現地では支援が当たり前になっていること、そして寄付をくれそうな外国人の言うことをなんでも聞くという現実を目の当たりにしたような気がして。
ボランティアとして現地の人に感謝されたり、いいことをしたなと自分で実感できるようなきれいなストーリーを想像していたので、自分の存在が誰かの依存を生み出していることに気づき、正直ショックでした。
だけど、けっして彼らが悪いわけではありません。支援によって、現地の人が自発的に考える機会を失ってしまうのが問題。
このできごとをきっかけに、支援のあり方について深く考えるようになりました」
ちょうどそんな時に出会ったのが、アフリカのバラだった。
アフリカに咲く美しいバラとの出会い
萩生田さんのバラと歩む10年が始まる瞬間は、週末に訪れたナイロビの花屋で生まれる。
「ナイロビのショッピングモールの片隅に、小さな花屋さんがありました。ちゃんとしたお店ではなくて、通路の脇の小さなスペースで花を売っていました。
穴が開いてぼろぼろのパラソルの下に並んだ、埃っぽいバケツ——その中には、驚くほど鮮やかで生命力あふれた花が並んでいました。
私の目に飛び込んできたのは、赤とオレンジの大輪を咲かせた美しい花。
思わず『これはなんという花ですか?』と聞いたら、店番をしていた男性は驚いたように目を見開いて両手を広げて『バラだよ。日本にはないの?』と言ったんです。
この日のことは今でもはっきりと覚えています。彼はまぶしい笑顔で、ケニアが世界的に有名な薔薇の産地であることを教えてくれました。
彼は雇われて店番をしているのではなく、花が好きで自分のお店を開き、毎朝自分で花市場に行って花を選んでいる。自分の好きなことを仕事にして、それに誇りを持ちながら仕事をする姿勢に心を動かされました」
この出会いをきっかけに、アフリカと日本をバラでつなげたいと思いついた萩生田さんは、翌年、日本に帰国し起業。
まずは個人輸入でアフリカのバラを仕入れた。最初は、本当にケニアからバラが届くのかとドキドキしながら成田空港に行ったという。
「取引する農園を探すのもかなり苦労しましたが、ケニアで出会った友人に、バラ農園を紹介してもらうことができました。
でも、ケニアでは必ずしも労働環境がよいとは限りません。農園の人たちが本当に幸せに働いているかどうかを確かめたくて、実際に現地にも行きました。
幸せな人を増やすための受け皿としてアフリカの雇用を増やしたい。だからこそ、ただ働いているだけでなく、その働き方が本当に幸せかどうか、幸せな人を本当に増やせるかどうか、自分の目で確かめたかったんです」
2016年からは、アフリカローズのお客さんたちに、バラ農園でケニアの人たちの姿を知ってほしいという思いから、スタディツアーも始めた。
「このツアーには、『あなたたちが育てたバラはこんなに人を幸せにしているよ』というメッセージを、バラ農園で働くケニアの人たちに伝えたいという思いもあります。
彼女たちに、自分が愛情をこめて育てたバラが目の前の人を幸せにしていると実感できる接点を作ることは、私の夢のひとつでした。
農園で働く人にとっては外国人に会うのも初めて、日本からお客さんが来るのも初めて、という人が多いんですが、お客様に褒められてとても嬉しそうにしていて。
その出会いの中で生まれるハッピーな瞬間は、とても感慨深いものがあります」
新店舗のチャンスと出産が重なる危機を乗り越えて
しかし、萩生田さんにとっての最大のピンチが、アフリカローズにとって最大のチャンスである六本木ヒルズへの2号点出店の話と同時にやってくる。
「直感的に『ちょっと背伸びをしてでも出店したい!』と思ったのですが、私はその時、第一子を出産したばかり。産後1か月半で仕事復帰することになってしまいました。
今思うと、かなり無理していたのかもしれません。産後すぐでホルモンの状態も影響していたのか、毎日感情が不安定でした。
もっと仕事をがんばろう!と思える日もあれば、その翌日に、アフリカローズをやめた方がいいんじゃないかと考えたり。
私は初めての子育てでいっぱいいっぱい。協力してくれる夫や両親に支えられていたものの、独身の時とはちがってスタッフたちとじっくりコミュニケーションも取れなくて……スタッフも私に対する不満が溜まっていたと思います。
私自身もみんなとうまくコミュニケーションが取れないことがつらかったし、子どもとの時間もうまく作れないし、新店舗も軌道に乗せなきゃで、本当にこの時期は精神的にも体力的にもつらかったです。
実際にもうだめだ……と思って、アフリカローズを譲渡する契約書のハンコを押しかけたこともあります。でも、どうしても手放せなかった。
ケニアの農園で働く人たちをはじめ、アフリカローズのスタッフやお客さまが幸せでいられるように、自分が責任を持たなければ、と思ったんです。
その年のクリスマス、スタッフみんなに手紙を書きました。ひとりひとりの顔を思い浮かべて文字を綴っていると、こんなにみんなに感謝しているのにちゃんと伝えられてないもどかしさで涙が止まらなくて…。
泣きながら手紙を書いて、自分の中の大きな愛情に気づきました。バラやお店はもちろんですが、アフリカローズで働くスタッフたちへの愛情にも。
その手紙をみんなに渡して、読んでもらってからちょっとずつ、自分の気持ちもみんなへの接し方も変化していった。このことを機に、よい方向に転換することができたのではないかと思います」
そう話す萩生田さんの穏やかな表情からは、働き方や周囲の人との関係性に正面から向き合い、乗り越えようとする強さが感じられた。
「仕事に感情を持ち出すなんて…という考えもありますが、花を売るのは感情を扱う仕事。
誕生日や結婚式などの記念日に花を買うという行為は、感情が大きく動くはずです。なので、私たちが自分や他人の感情に対する感度が高くないといけないと思っています。
そして、集うメンバーによって変化するケミストリーというか、感情やその場の空気感を大切にしたい。そのときそのときの2度とない瞬間を、大切に慈しんでいきたいです」
自分や周囲の人の感情を大切にする萩生田さん。バラの作り手からそれを手にする人の感情を扱うこの仕事は、天職なのかもしれない。
普段、自分の感情に蓋をして仕事をしたり、日常生活を過ごす人は少なくないだろう。
でもそんな日々の中、たとえばバラを手に取ることで、感情が動いたり、背景にある遠い国の物語を想像したりすることは、私たちの心を豊かにするのではないだろうか。
PROFILE 萩生田愛(はぎうだめぐみ)さん
取材・文・撮影/桜木奈央子