男性育休の推進に向けた法改正がされたものの、中小企業では、人材不足などを理由に後ろ向きな意見も少なくありません。

 

そんな中、屋根金具などを製造するサカタ製作所(本社・新潟県、従業員約150人)は、徹底した取り組みで、何年も前から男性育休100%を達成し、社員の家庭では出生数が急増するという驚くべき結果が表れています。

サカタ
本社外観

「もともとは残業がとても多かった」という同社が、どのように変化していったのか。坂田匠社長に話を伺いました。

 

坂田さん
                                   創業70年の老舗企業の2代目社長として、働き方改革を推進する坂田社長

 

突然の「残業ゼロ」宣言。「売り上げは落ちてもいい」と社員を追い込む

── 男性育休の推進には、それまで行ってきた「残業ゼロ」の取り組みが役立ったと聞きました。そもそも残業改革に踏み切ったのは、なぜだったのでしょうか?

 

坂田さん : 

2014年に全社員が集まる全体集会を開いた際に、株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵さんに働き方改革について講演をしてもらいました。

 

「これからの働き方はこうでなければいけない」と目から鱗が落ちたのですが、講演の最後に「ところで、サカタはまったくダメである。こんなひどい会社は見たことがない」とけちょんけちょんに言われてしまいました。

 

その挑発にのって、その場で私が「残業をなくす。目標はゼロ」と宣言したんです。

 

もともとは、前年より残業を20%を減らすという経営目標を掲げていました。それなのに私が突然ひっくり返してしまった。目標決定に関わる監査役は、ドリフターズのギャグみたいに椅子から転げ落ちていましたよ。

 

── そこから、どのように取り組みを進めていったのですか?

 

坂田さん:

当社の経営方針、目標を「残業をなくす」という1点に絞りました。売り上げ、利益目標は達成できなくてもしょうがない。「売り上げは落ちてもいい。何をやってもいいからゼロにしろ」と。

 

もともと社内を部署などで22チームに分けて、業務の改善活動を行っていましたが、それぞれのチーム目標が残業ゼロに置きかわり、全社員が一斉に動き出しました。

 

営業、経理、人事、製造、開発などそれぞれの部署で機能が分かれているので、当然、残業をなくす方法は違います。でも、ほぼすべてのチームが同じ答えを導き出した。仕事の「属人化」の解消です。

 

今では、ある部署がマンパワーを必要とする時期は、業務内容の異なる他部署から応援に入ることもあります。応援業務では、入力作業や資料作成、チェック作業を請け負います。応援が難しいコアな業務は効率化により作業工程の削減に取り組んでいます。

 

本当に必要な業務なのか、慣例でやっているものはないかを考えて、無駄な作業を廃止したり、夕方に業務が集中する日は始業時間をずらしたり、ITを使って業務を効率化したり情報を共有するといった工夫もしました。

 

一例としては、以前は、顧客からの要望を営業から設計部門に伝える時に、分からない点をその都度、顧客に確認するムダなやりとりがあったのですが、この作業をなくすため、要望を聞き取る上で必要な項目を明確にして、要望を聞き取るアプリを作成しました。このアプリのおかげで、顧客に確認するムダが削減できました。顧客の要望がより正確に伝わるし、設計ミスも削減できるというメリットもありました。

 

これらを徹底的にやったら、宣言から1年で残業ゼロをほぼ達成できたんです。1年間で削減できた残業代は3500万円。社員にボーナスとして還元しました。

サカタ
育休取得の会議の様子

休めない雰囲気をなくしたら、育休取得率は自然と100%に

── 属人化が解消されたことで、休みやすい環境ができてきたわけですね。男性の育休を推進するきっかけはあったのでしょうか?

 

坂田さん:

じつは私は、男性も育休を取れるということを知らなかったんです。あるとき、総務から「製造の男性社員が育休を取りたがっているが、『会社の雰囲気として取りにくい』と言っている」と相談を受けました。

 

「え、男性も育休とれるの?じゃあ取ったらいいじゃないか」ということで、製造の現場に行って、上司に話を聞き、「とらせてやってくれないか」と言ったら、「全然、問題ないですよ」と。本人は遠慮していましたけど、「いいからとりなさい」と背中を押しました。

 

同じようなやりとりをもう一人の男性社員に対してもやったら、社内の雰囲気が変わって、他の社員たちも「自分たちも」ということで、男性育休が100%になりました。

 

育休をとらないと、もれなく社長が飛んでくるから、育休を取りにくい雰囲気がなくなったということです。最初に相談を受けたのが2016年で、18年からずっと男性育休100%です。

 

── 男性が育休をとるのに、あまりハードルはなかったんですね

 

坂田さん:

そうです。世間では男性育休はとても高いハードルととらえられているようですが、当社では、ハードルはほとんどありませんでした。業務の属人化がほぼ解消されていたからこそだと思います。

 

分からない仕事を押し付けられたら、押し付けられたほうもストレスですよね。休むほうもつらい。うちはそれがないんです。

 

── 男性が育休をとることについて、本人から反対や不安の声などはありませんでしたか?

 

坂田さん:

まったくありませんでした。一般的に言えば、所得の心配が出てくると思いますが、そのへんは総務が手厚くフォローして、どのタイミングで育休をとると収入がどうなる、とか、シュミレーションしてあげるようにしました。

 

県の助成制度などもありますから、育休を取った方が手取りが増えるケースもあるんです。

 

── 男性育休を推進してみて、何か感じたことはありますか?

 

坂田さん:

私が講演をしたときに、「亭主の面倒まで見たくないから、亭主には育休をとってほしくない」という意見が出たことがあります。確かに昔は「亭主元気で留守がいい」と言われましたよね。でも、男性社員は育休をとって帰ってくると、表情が変わっているんです。

 

休みが数日や1週間くらいだと、「育児に協力したぞ」という雰囲気なんですが、1か月も育休を取ると、「一緒に子育て」「一緒に家事をやる」という感覚になり、パートナーの大変さを理解する。

 

家庭のなかでの男性の在り方みたいなものについて、必ず気づきがあるようです。結構やんちゃな社員もいい顔になって帰ってくる。家庭内における役割を認識して、顔が変わるんです。

快く協力してくれた上司や同僚に感謝の気持ちが生まれてチームワークは向上するし、やる気も高まるので、企業にとってもプラスだと感じています。

 

── 男性が育休を取るようになってから、社内の出生数が増えたと聞きました。

 

坂田さん:

残業ゼロや男性育休を推進する前は、1度の例外をのぞけば、社内の出生数は判で押したように毎年1人でした。それが、残業ゼロを宣言した翌年の2015年、16年は3人ずつになり、男性育休を推進した17、18、19、20の4年間では計24人生まれています。働き方改革に取り組んでから、ワークライフバランスを重視する若者の採用につながり、これが結果的に出生数増加の一因にもなっているようです。

サカタ
工場の様子

── この数年でものすごい変化を遂げてこられたのですね。これからも業務改善の取り組みは続けますか?

 

坂田さん:

もちろんです。会社は成長します。売り上げが伸びれば仕事も増えます。当社の社員数はほどんど変わっていませんが、業務を効率化することで、残業ゼロに取り組みながらも、売上増加を実現できています。

 

今でもやむを得ない理由で残業が発生することはありますが、そのときは、なぜそうなったのかを分析して、次は残業せずにすむよう工夫しています。これからもそうした改善は続けていきますよ。

 

 

日本商工会議所による昨年の調査で、中小企業の7割が男性育休の義務化に「反対」もしくは「どちらかというと反対」と答えて、話題になりました。

 

はっきりと反対した社は、業種別では「製造業」が最多。「中小企業」と「製造業」は、男性育休に立ちふさがるハードルのように見えます。でもそんなことはない。社長の思い切りの良さと、それをくみ取る社員たちの努力があれば、一見強固に見える壁も乗り越えられるのだと、今回の取材で教えてもらいました。

 

ちなみに、同社のある新潟県は、男性育休の取得率は全国と比べ低水準。サカタの取り組みは、このデータも軽やかに裏切ったのでした。

取材・文/木村彩  写真提供/サカタ製作所