共働き時代に合った私らしい生き方・働き方を模索するCHANTO総研。

 

テレワークが広がりを見せるなか、住む場所に縛られない働き方が注目されています。

前回は「兼業テレワークで公務員!?脱ベッドタウンを目指す奈良県生駒市の人事戦略」として、奈良県生駒市の人材募集の取り組みを紹介しました。

 

今回は、兼業でテレワーク可の公務員採用で実際、教育分野で採用された起業家の尾崎えり子さん、そしてサポート役についた生駒市の教育指導課の日高興人課長補佐にお話を伺います。

学校と社会、地域をつなぐ役割を担う

──生駒市は最先端の学校づくりを目指し、子どもにとって「通うのが楽しみな場所」へ、教員にとって「子どもが将来、一人で生きていけるだけの力が身につく教育を提供する場所」へと教育改革をしたいと考え、人材募集をされたと伺いました。

 

尾崎さんは千葉県流山市からの応募をし、その教育分野で採用されていますよね。普段はどんな活動をしていますか。そして、プロ人材として、勤務されていかがですか?

 

尾崎さん:

私は千葉県流山市で自分の会社を経営しております。新規事業コンサルティングや、サテライトオフィスの運営、行政と一緒に女性向け創業事業などの仕事を行いつつ、教育関連企業の社外取締役として民間学童の経営にも携わっております。

 

生駒市の職員としては、月に約8日間働いています。4日間は流山市からテレワークを行い、残りは生駒市に赴き、4日間連続で、現地で勤務するような働き方です。

尾崎えり子さん

 

担当業務は教育改革で、具体的な仕事内容は決められていません。

 

現場の学校をまわり、先生方の希望や困りごとを聞いて、その問題を解消するにはどんな方法があるか考え、企画し、先生たちと相談しながら、実行しています。

 

そのため、現地にいる時は、教育指導課の日高興人課長補佐と各学校をまわり、先生方のお話を聞いてまわります。

 

生駒市で私は「学校と地域、学校と社会、学校と世界、そして今と未来」を「繋ぐ」役割を担っていると思っています。

視野を広げ、長期的視点を学ぶ機会を作ることで、子どもたちの中で「学校での勉強や経験」と「社会や未来」が繋がり、学ぶことを楽しめる環境をつくることができると考えています。

 

学校の先生は子どもたちと寄り添い、教えるプロです。

 

私は新しい事業や商品、サービスを創ることを生業にしています。新しいことは「今までなかった組み合わせ」から生まれます。つまり、繋ぎ合わせるプロです。

 

プロ同士が相談しながら、今までにない学びの組み合わせを考え、それを学習指導要領に基づいたどの学びに紐づけていく活動にしていくのが非常に楽しいです。

 

──2020年はどのような活動をしましたか。

 

尾崎さん:

各学校の困りごとや希望に合わせていくつかプロジェクトを実施しました。

 

その中の一つにオンライン修学旅行があります。コロナ禍の影響で、小学6年生が、予定していた広島県への修学旅行に行けなくなってしまいました。「平和学習をオンラインで実現できないか?」と、先生からご相談をいただき、オンラインだからこそできる広島への修学旅行を企画しました。

オンライン修学旅行の様子

 

広島電鉄の協力をあおいで、広島で実際に運行している被爆電車の内部から社員の方にオンラインで解説をしていただいたり、広島市立小学校の6年生から平和について話を聞いたりしました。

 

子どもたちからは、「現地に行きたくなった」「平和に関する考えが変わった」という感想をもらいました。 

オンライン修学旅行の様子

 

── 尾崎さんの取り組みはICTを活用されているものが多いようですが、今年はどのような活動を進めますか

 

尾崎さん:

私が企画する内容にICTを活用するものが多いのは、役割が「繋げる」ことだからだと思います。

 

オンライン会議などは場所に関わらず、様々な人と繋がることができます。デジタルツールは今や子どもたちが使い手になるだけではなく、作り手にもなれるので、未来の仕事とも繋げることができます。


地域と深く繋がりながら、全世界に発信する情報の作る手になることを目的としたプロジェクトとして、今年は生駒市立生駒南第二小学校で、地域の情報を集めたデジタル図鑑を作る取り組みを行います。

 

「生き物」「行事」「楽しい場所」などのテーマに沿って地域の情報を集めて、タブレットに入力すると「デジタル図鑑さん(仮称)」に記載されていくというものです。

 

「1年生が逆上がりできる鉄棒のある公園はどこ」など子ども目線の情報を集めたツールを作っていきたいと思っています。

 

これは校長や現場の先生から「地域に子どもたちが貢献できる機会を作りたい」「地域の人と一緒に作っていきたい」「キャリア教育にもしていきたい」「1年間全学年の子が関われるプロジェクトにしたい」という、熱い想いをたくさん聞かせていただき、ご相談しながら企画をしたものです。

オンライン修学旅行を流山市のオフィスからコーディネートしている様子

 

── 複業、プロ人材として自治体に入るにあたり、気を配ったことなどはありますか?今後、プロ人材として行政にチャレンジしてみたいと思っている方に向けてアドバイスなどがあればぜひ。

 

尾崎さん:

「兼業」さらに「テレワーク」という今までにない働き方をしながら、「教育改革担当」という採用で入ったので、たぶん周囲は不安だったと思います。

 

私でも逆の立場だったら、「まったく現場を知らない人にこれまで積み上げてきたものを壊されるのではないか」と当然不安になります。

 

出来るだけ周囲の不安を解消するために私が気をつけていたことが3つあります。

 

1つは相手を知ろうとすることです。

 

まずは、先生たちが困っていること、やりたいけどできていないことは何なのかを教えてもらうスタンスでいました。今できていないことには理由があるし、その背景を知りたいと思いました。決して、自分の今までの常識だけで何かを決めることはしないようにしました。

 

次に、見栄を張らない。正直でいることを大切にしています。

 

プロ人材として採用されたので、プロフェッショナルで「あらねばならない」と見栄を張っていました。しかし、できないことや分からないことを正直に伝えた方が周囲も助けてくれます。

 

「すごいなー!」と思ったことも「不安だなー」と思ったことも正直に言葉にすることで、対話がうまれ、信頼関係を築くことができる気がします。

 

そして、いつも笑顔でいることを大切にしています。

 

楽しそうに笑顔でいると、「いい人かも」と思ってもらうことができます。単純だけど、大切なことです。

 

どれも技術ではなく、スタンスなので、誰でも出来ることだと思っていますし、行政であれ企業であれ、新しい組織で働く上では必要なことなのではないかと思っています。

 

当たり前すぎるアドバイスですが、これからチャレンジを検討している方の参考になれば嬉しいです。

オンラインで授業する尾崎さん

 

── 今後、兼業、テレワークで地方自治体にプロ人材を採用しようと考えている自治体に対してアドバイスはありますか?

 

尾崎さん:

私がうまく現場と信頼関係を結べたのは、教育指導課課長補佐として私と同じ時期に異動された日高興人さんのおかげです。

 

兼業・テレワークの私が教育の課題を解決するには、現場と私を常に結び続けてくれる人が必須です。

日高さんは私が現場にいないことで得られない情報を提供してくれ、私の情報を校長会や教頭会などの現場で毎回伝え続けてくれ、「すごいですね!」と私のモチベーションを上げてくれて、「A案の方が現場はやりやすいです」と適切な判断をしてくれます。

結節点となる人がいるからこそ、私は離れた場所からでも、関わる時間が短くても、自分のスキルを存分に活かして 、生駒市が目指す学校教育に貢献できているのだと思います。

尾崎さんの授業風景

 

ぜひ今後プロ人材を採用しようとしている自治体には、結節点となる人の検討を進めてもらいたいと思います。

社会に開かれた教育の実践目指す

── 尾崎えり子さんのサポート役として動かれた教育指導課の日高興人課長補佐にもお伺いします。尾崎さんを受け入れた目的は何でしょうか。

 

日高さん:

募集したのは、これまでの学校教育の慣習を打破し、教員の働き方改革と子どもたちの受ける授業内容の抜本的な改善を目指せる人、地域や家庭と学校の連携による本格的なコミュニティ・スクールの実現ができる人です。

 

ICT等を活用したオーダーメイドでの教育プログラムの検討・推進が可能であることなど、子どもたちに本気で寄り添った全国でも最先端の学校づくりを具体化できる人材を求めていました。

 

新学習指導要領による学習は、小学校では2020年度、中学校では2021年度から実施されました。

 

今回導入された学習指導要領では、「生きる力」のその先の力を育成する「社会に開かれた教育課程」が重要視されています。

 

特に、主体的で深い学びを実現する「アクティブ・ラーニング」、子どもや地域の実態に即した教育を実現する「カリキュラム・マネジメント」を実施し、学びに向かう力、人間性、知識及び技能、思考力・判断力・表現力の3つの力をバランスよく育成することが宣言されています。

 

グローバル化、情報化の面での急速な社会の変化に対応するためには、これまでの慣習を見直すことは必要であると考えていました。

 

尾崎さんの主なミッションは、新学習指導要領にもある「社会に開かれた教育課程」を実践に移すことです。

 

学校現場の課題として、先生たちの時間、人脈、機会には不足があり、社会に開かれた教育課程を実践するにあたって、先生たちは新たな取り組みを進める必要があるけれど、その時間が取れない現状がありました。

 

地域や企業の方を活用するにあたって人脈を広げる必要がありますが、その機会が少ないことも課題でした。

 

── 実際、尾崎えり子さんを受け入れられていかがでしたか。

 

日高さん:

普段、社長業をされている方が教育現場にこられて、とにかく新鮮で、刺激がありました。

 

しかし、外から社長業の人が来ただけでは何も変わりません。学校現場は忙しく日々の仕事に追われています。教員も初めは「何を改革されるのか、何か壊されるのか」と懸念する人もいました。

 

教育改革といっても何を改革するのか尾崎さんの仕事は決まっていたわけではありません。まずは何が課題か、困りごとは何かを知ろうと考え「学校現場の抱える課題を聞きに行こう」と言って尾崎さんと小、中学校をまわりました。

 

「社会に開かれた教育課程」を実践するため、各校の課題をヒアリングし、さまざまな取組を進めていきました。

 

結果、具体的には、尾崎さんが知り合いの様々な職業の方をオンラインで連れてきてキャリア教育の話もし、社会と繋がる授業を実践しています。

オンラインで行われたキャリア教育の様子

 

尾崎さんには行政が苦手とするアイデアを出す、様々な人と繋げるという部分を補足してもらい、とてもありがたかったです。今では別の課からも尾崎さんに相談したいとの声も来るんですよ。

 

 

サポート役の職員がついたことが鍵となって、兼業、テレワークのプロ人材がスムーズに現場に新しい風を吹き込めているようです。

取材・文/天野佳代子 写真提供/尾崎えり子さん