いきものがかり水野良樹

プライベートではパパの顔を持ついきものがかりの水野良樹さん。

 

子どもが生まれてから変化した仕事観や、音楽と子どもとの関わり合いについて伺います。

親になって「死」への思いがより大きく

── お子さんが生まれてから、仕事や生活に意識の変化はありましたか。

 

水野さん: 

歌を作るとき、僕にとって「人はいつか必ず死んでしまう」というのは永遠のテーマなんですね。例えば恋の歌にしても「その恋はいつか終わってしまう」という意味で「死んでしまう」。親になって、その思いは今まで以上に大きくなりました。

 

子どもが生まれて、はたと気付いたんです。恐らく息子は僕が死んだ後も生きる。ならば親として当然、幸せであってほしいと願う。産まれて初めて、自分の人生以上のことを考えるようになったんだとわかったんですね。途端に、自分の作る音楽の世界がむちゃくちゃ広がった気がしました。

 

今この瞬間、息子を食わせていくということよりも、息子がひとり立ちした時に正常な判断が出来るような人になってほしい。自分で悩みながら前に進めるようにしてあげなければいけない。そのために親である自分に何が出来るのか、まだまだ手探りです。

 

── 子ども向けの音楽作りも始められたのは、お子さんの誕生がきっかけだったんでしょうか。

 

水野さん: 

初めて子ども向けの楽曲を作ったときはまだ子どもはいなかったんですが、『おかあさんといっしょ』の横山だいすけおにいさんに曲を提供させて頂いたときは、すでに子どもがいたので、そこからは徐々にそうした仕事も増えました。

 

やはり親になると、子どもにどんなことを言うべきか、すごく考えて歌に落とし込むようになりましたね。

 

だいすけおにいさんに提供した『さよならだよ、ミスター』のテーマはタイトル通り、別れですから。「君はいつか独り立ちしていくんだよ」という。

 

── うう、悲しい。

 

水野さん:

そうですね(笑)。だから、君が選んでいかなきゃいけないんだよって。息子が生まれたときに思ったメッセージそのままのテーマをストレートに出した曲ですね。

「この子のために生きる」は失礼な気がする

水野さん:

子どもには、自分で選択する力を持てるようにしてあげたいんです。

 

僕自身、幼い頃から「とにかく自分で選びなさい」と母に口を酸っぱくして言われてきたので、母の影響は大きいかもしれませんね。

 

僕の価値観も伝えはするけど、決して子どもを束縛しちゃいけない。極端な話、息子が命の危機に脅かされたら、我が身を投げ出して助けてあげたいと思いますよ。だけど、それと同時に「この子のために生きる」ということは思っちゃいけない。それって、その子を理由に自分が生きていることになるし、それは子どもに対して失礼な気がするんです。

いきものがかり水野良樹

── うーん、耳の痛い言葉です…!

 

水野さん:

いや、命を賭けた出産というものを乗り越えた女性は、言葉に尽くせない子どもとの強い結びつきがあるから、我が子に自分を投影してしまうのは極めて自然だと思うんです。だけど、それでも子どもはいつか一人になるんですよね。

 

恐らく僕の母も、息子である僕にいろんなものを与えてくれながら、同時に、息子は自分のものではないんだと葛藤してギリギリの線引きしていた気がするんです。そして、それが僕にとってはすごく良いことだった記憶があります。

多忙な親が子どもと音楽を楽しむには

── 仕事に子育て。時間に追われるうち、音楽から遠ざかってしまう人も多いです。親子で音楽を楽しむためのヒントってありますか?

 

水野さん: 

音楽の仕事をしていて痛感するんですが、子どもって一番難しいリスナーなんですよね。なんせ、文脈が通じない(笑)。

 

例えばジャズが好きな人とは、こんなプレーヤーがいて、こんな歴史があって…という理解を前提とした上で楽しんだりできるけど、子どもはそんなことわかるわけがない。本当に、身体的なものじゃないと反応しないんですよね。

 

この反応って、けっこう深い。だって、文脈を共有できないと理解出来ない音楽って、遠くまで届かないんですよ。

 

英語がわからなくてもビートルズの音楽が世界中の人に届いたように、音楽は「理屈じゃないもの」じゃないと、本当の意味では楽しめないと思うんです。

 

だけど昔から愛されてきた童謡は、誰もが今でも口ずさめたり、言葉を覚えたての子どもが体を動かして歌ったりするじゃないですか。

 

それは、残るべくして残る力を持っているからなんですよね。皆さんご経験があると思うんですけど、童謡を聞いていたら「意外といい曲だな」とか「深いことを言っているんだな」とか、発見したことってありませんか。

いきものがかり水野良樹

── あります、あります!

 

水野さん: 

ですよね。曲の構成も、実はすごく難しい作りになっていたりする。そういう巧みさが、わかりやすい表現に構築し直されていたりするんです。毎日の暮らしが音楽から離れてしまっていると思う方は、そんなところからまた触れ直してみたら発見があるんじゃないかな。

 

── 水野さんのお子さんなら、自然と音楽の英才教育が施されそうです。「せっかくピアノを習わせても全然興味を持たない!」という声もよく聞く悩みですが…。

いきものがかり水野良樹

水野さん: 

父親がこういう仕事をしているのに、楽器を出来なかったら後から恨まれそうかなと思って、ピアノに通わせようとしたんですが、全然真面目にやらなかったですよ(笑)。

 

でも最近、「パパはあっちの部屋で何をしているんだろう?」と仕事部屋に来たがる息子が、スタジオのピアノを楽しそうにグチャグチャと触るようになったんです。なので、あえて「やっちゃダメだよ」と言ったら、「パパの部屋に行きたい」「ピアノを弾きたい」と言い始めたので、「やっちゃダメ作戦」がいいのかな?と思ってます。

 

「これはパパだけのピアノなんだよ」というほうが、「ピアノをやれ」というより、自分からやりだすもんなんだなあって。この作戦にうまく乗ってくれればいいですね。

 

PROFILE  水野良樹さん

いきものがかり水野良樹プロフ1
1982年生まれ。神奈川県出身。1999年に吉岡聖恵、山下穂尊といきものがかりを結成。2006年に「SAKURA」でメジャーデビュー。ソングライターとしても、様々なアーティストへ楽曲提供を行う。2019年、実験的プロジェクト「HIROBA」を立ち上げ、さらに活動の場を広げる。新刊『うた/ことばラボ 「うた」と「ことば」についての14の対話 (ぴあMOOK)』(ぴあ)では、表現者たちとの誠実な対話によって、彼らの創作の核心に迫った。

文/井上佳子 写真/坂脇卓也