近年、著名人の公表などで注目が集まっている特別養子縁組(※)。幸せな声が多く聞かれる反面、課題も多数ある。数多くの支援活動を行なってきた一般社団法人ベアホープのロング朋子さんに、その内情を伺ってみると──。
子どもを手放す側の生きにくさ
── 特別養子縁組とは、何らかの事情で生みの親が育てられない子を安定した家庭につなぐ制度のことですよね。言葉の意味からは、産んだ親も、育てる親も、双方にとって幸せな決断というイメージがありますが…。
ロングさん:
特別養子縁組は国も普及・啓発しており、成立件数も年々増加しています。ただ、絵に描いたように、すべての家庭が幸せになれるわけではありません。子どもを手放す側にも、育てる側にも、ご本人が意図していなかった生きにくさは少なからず生まれますから。
たとえば会社員の女性が予期せぬ妊娠をし、相手とも連絡が途絶えてしまったらどうでしょう。産休をとって出産したものの、社内に実情は公表せず、特別養子縁組をして子どもを手放したとしたら、その後も子育てや家庭の事情を同僚から聞かれることもあるでしょう。
また、事情を知っている人からは「子どもを手放して自分は好きなことをしている」などという心ない批判も起きることが。
結果、職場を辞めなければならなくなり、生活に困窮。生活保護を受けることになり、自分で自分を肯定することができなくなってしまうこともあります。
また、学生の場合は妊娠させた相手の男性はそのまま進学をするけれど、妊娠した女性は一年留年をしたり、私立ならば退学させられたりするケースもあります。
── 親としての責任はもちろんありますが、特に女性が生きにくさを感じることが多いようですね。
ロングさん:
はい。仮に養子に出した子どもが幸せに育ったとしても、実母が悩みを抱えながら生きなければいけない現状があります。
周囲が出産を認めることで、生みの親も前向きに受け止められることが
ロングさん:
ただ、実母が特別養子縁組について前向きに受け止めるケースもあります。
高校生で妊娠し、夏休みに先生にも知られずに出産、特別養子縁組で子どもを手放した女性がいました。
その後も「子どもは元気ですか?」と、養子に出した子どもの様子を聞いてくるので、ベアホープが仲介して写真を送ったりするのですが、「元気そうでよかったです。私は今、部活の合宿に来ています」などと嬉しそうに返信してきました。
このように、子どもを手放した事実に向き合えている方の場合、周囲の影響も少なくありません。
たとえば「予期せぬ妊娠とは向き合わなくてはならないが、頑張って子どもを産んだあなたを誇りに思う」といったことを話す家族もいるのですが、出産を周囲が認めているケースでは、養子に出したことをしっかりと受け止めている気がします。
── 問題は認めつつも、課題を抱えた本人のすべてが悪いとはみなさないということですよね。
ロングさん:
私はかつてアメリカに留学したとき、大学生の友人が「クリスマスは、高校生のときに出産して養子に出した子の家族と一緒に過ごすの」と笑顔で話していて驚いた記憶があります。
日本でもそこまでオープンになることは難しいかもしれませんが、養子に出したことを本人が肯定できると良いなと思っています。
── 最近はどんな方からの相談が多いのでしょうか。
ロングさん:
経済的に困窮している方や、どこに相談して良いかわからず、中絶期間をすぎてしまったため、出産して特別養子縁組を選択する人などです。風俗業で妊娠をしてしまった場合も。
他にも、子どもの障がいが受け入れられず、養子に出すケースもあります。ただ、重度の障がいを持っている場合は受け入れ家庭が見つからず、障がい者入所施設で育っていくことも少なくありません。
また、最近は若年化していますね。小学生の保護者から相談を受けたこともありました。
子どもを迎える側はすべてを受け入れる覚悟が必要
── 一方で、子どもを家庭に受け入れる側にはどのような生きにくさがあるのでしょうか。
ロングさん:
子どもは成長して思春期を迎えると、実母と離された困難に向き合います。そこで感じる痛みや苦しみ、抱えている課題を親として理解してあげることに難しさを感じます。
どれだけ子どもを愛していても当事者にはなり得ないので、理解し難い部分はあるかもしれません。ただ、子どもの人生に伴走をし、家庭ごとの幸せを見出していただきたい。受け入れる側には、その覚悟が必要なんだと思います。
研修などで、どのようなことを想定していただくべきなのかについてお話はしていますが、時間が限られていることもあり、なかなかうまくお伝えできていないと感じています。
特別養子縁組に注目が集まっていることもあり、養子を受け入れたいという方は増えていますが、こうした覚悟がたりないために、お子さんをお連れすることができなくなってしまうケースも少なくありません。
子どもが成長し、将来どんな課題に直面するかは誰にもわかりません。面談のなかでも繰り返し説明していますが、成長してから障がいに気づくケースもあります。
もちろん、受け入れを希望する方々にもそれぞれ事情があるのは承知していますが、どんな未来でも子どものすべてを受け入れる覚悟がないと、幸せな家庭を築くことは難しいだろうと考えています。
── 特別養子縁組における、これからの課題を教えてください。
ロングさん:
日本は子育ての大変さは親の自己責任みたいなところがあり、親にとってはとても厳しい環境ですよね。育児は誰がしたって大変です。
でも、特別養子縁組をして子どもを引き取った人は、その苦しさを言えないことが多いのです。周りからも「特別養子縁組までして子どもを引き取ったのだから、文句は言わないよね」と言われてしまうこともあります。
妊娠についても、葛藤を抱える妊娠をした方をサポートするベアホープのような団体があるのに知らないまま繋がれず、困窮してしまうことも本人の問題とされてしまいます。出産、中絶費用がないことも本人の責任とされてしまいます。
もっと気楽に「何か困っていない?困っているなら助けるよ」と、手助けや支援がしやすい社会になると良いと思います。
※特別養子縁組とは:
「特別養子縁組」は何らかの事情で生みの親が育てられない子を安定した家庭につなぐ制度。実の親との法律上の親子関係を終了し、養親と新たな親子関係を結ぶ。半年以上の試験養育期間を経て、家庭裁判所が最終決定するもので、戸籍は記載が実親子とほぼ同様となる。一方、普通養子縁組では戸籍は「養子」などと記載される。年々、特別養子縁組は増加しており、2019年は年約711件成立している。
取材・文/天野佳代子