仕事や子育てに忙しい20〜30代女性の罹患が増えている子宮頸がん。前回の記事(※)では、子宮頸がんの原因の95%以上が、HPV(ヒトパピローマウイルス)の感染によるものだとわかりました。
しかしながら、実は現在の日本において、HPV自体は「ありふれたウイルス」であり、珍しいものではありません。
今回は、女性だけでなく男性の健康にも影響があるといわれるHPVについて、関東中央病院産婦人科に勤務するかたわら、みんパピ!(みんなで知ろうHPVプロジェクト) 代表を務める稲葉可奈子先生に伺いました。
HPVは男性に多い中咽頭がんや肛門がんの原因にも
子宮頸がんの主な原因として知られるHPVですが、女性だけが注意すべきウイルスというわけではありません。
主に性交渉によって感染するHPVは、コンドームを使用しても完全に感染を防ぐことはできないと言われています。
「HPVウイルスは、オーラルセックスでも感染する可能性があり、女性特有の子宮頸がん以外にも、男性に多い中咽頭がん、その他にも肛門がん、腟がん、外陰がん、陰茎がん、舌がん、尖圭コンジローマなどさまざまな病気の原因にもなります」
中咽頭とは、咽頭の真ん中にある部分を指します。特に、HPVに関わるがんができるのは、口蓋扁桃(いわゆる扁桃腺)と舌根(舌の付け根)です。
アメリカでは、子宮頸がんの発症が年間およそ11,000人に対し、中咽頭がんの発症はおよそ14,000人と、HPV関連では男性の患者数の多さが問題になっています。
「中咽頭がんは、女性よりも男性の発症が多いため、HPVウイルスは男性も無関係ではありません。
日本ではまだ、男性のHPVワクチンの公的接種は認められていませんが、男性のワクチン接種は、将来引き起こされる可能性のあるHPVウイルス起因のがんから自分を守ることができるだけでなく、大切なパートナーを病気から守ることにもつながります。
世界でもっともHPVワクチンの普及が進んでいるのはオーストラリアです。15歳の女子で80%近く、15歳の男子も70%以上の接種率と高い数値を誇っています。
オーストラリアでは、2028年には子宮頸がんは撲滅される(10万人あたりの罹患者4人未満)と予測されています。
実際に、世界の40カ国以上の国では、男の子への公費助成が進んでいるので、日本でも女の子だけではなく、男の子も無料で受けられるようになるといいですよね」
HPVはローリスクとハイリスク型に分類される
また、HPVには全部で200以上の種類があり、それぞれの型によって引き起こす病気も異なります。
子宮頸がんなどの「がん」の原因になるものをハイリスクHPV、尖圭コンジローマなど「がん以外の病気」の原因になるものをローリスクHPVと呼びます。
「たとえば、子宮頸がんの原因の約6〜7割を占める16•18型の2つのHPVは、ハイリスクHPVに分類されます。16型は、先ほど説明した中咽頭がんの原因の約88%を占めていると言われています。
一方、6•11型は尖圭コンジローマの原因として知られており、代表的なローリスクHPVです。
ちなみに、出産時のお母さんが尖圭コンジローマの病変を持っている場合は、産道を介して赤ちゃんにHPVがうつる可能性があります。赤ちゃんの喉にHPVが感染すると、イボができるリスクがあるため、帝王切開での出産になってしまいます」
「HPV検査」より「HPVワクチン接種」が予防に有効
HPVがさまざまな病気の原因になるのであれば、自分がHPVに感染しているかどうか知りたくなってしまうもの。
実際にHPVの有無を調べる「HPV検査」もありますが、稲葉先生は、少なくとも現時点で、多くの人がHPV検査を受けることは必ずしも有効ではないと言います。なぜでしょうか?
HPVの感染自体を怖がる必要はない
「日本は、HPVワクチンの接種率が非常に低いため、まだまだHPVの保有率が高い状況です。それにHPV検査をして陽性が出ても、必ずしも異常があるとは限りません。
誤解していただきたくないのは、よく『HPVに感染した場合、性交渉を控えるべきなの?』と聞かれることがありますが、その必要はまったくありません。
そもそも、HPVはパートナーがお互い持っている可能性のある、ありふれたウイルスです。
HPVに感染していることがわかっても、いつ誰からもらったというのはわからないですし、感染したら必ず発症するというものではありません。そのため、感染を気にして性交渉を控えるという誤った捉え方はしないようにしていただきたいな、と思います」
子宮頸がん撲滅の鍵を握る「HPVワクチン」接種
今後、HPVワクチンを接種する人が増えてくれば、HPV検査をする意義が出てくると稲葉先生は言います。
「HPVに感染していても特に異常がないことも多くありますし、検査でHPVの感染がわかっても、ウイルスを排除する治療法は現在のところ見つかっていません。そのため、現時点ではHPV検査よりも、みなさんに受けて頂きたいのは子宮頸がん検診です」
子宮頸がん撲滅のために重要になってくるのが、一次予防といわれるHPVワクチンの接種と二次予防である定期的な子宮頸がん検診の受診。
「特にHPVワクチン接種は、そもそもの原因であるウイルス感染自体を予防してくれるので、接種する意義がとても高いことを多くの皆さんに知っていただきたいです」
HPV感染を予防するのに有効な手段とされているHPVワクチン。次回は、HPVワクチン接種の意義や効果、接種の判断基準について伺います。
PLOFILE 稲葉可奈子(いなばかなこ)さん
医師・医学博士・産婦人科専門医。みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト 代表 。メディカルフェムテックコンソーシアム 副代表。予防医療普及協会 顧問。NewsPicksプロピッカー。 京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、大学病院や市中病院での研修を経て、現在は関東中央病院産婦人科勤務、四児の母 子宮頸がんの予防や性教育など、正確な医学情報の効果的な発信を模索中。
参考/みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト https://minpapi.jp