外国人の夫・トニーさん、中学生のトニーニョくん(15歳)と3人で暮らす漫画家の小栗左多里さん。

 

夫婦で子育てをしていくなかで「日本で当たり前だったことが当たり前じゃなかった…どうしたら折り合えるのか?」と試行錯誤した経験から、考えたことや感じたことを語っていただきました。

 

今回のテーマは、相互理解に時間がかかったという「食事のマナー」について。異なった文化で育った夫婦が子供に食事のマナーを教える難しさとは、どのようなものだったのでしょうか。

 

マナー、常識と非常識のあいだ

「トニー、左手出して」と、何回言っただろうか。

 

ご飯を食べる時、夫は右手だけテーブルの上に出して食べることがある。ご存知のように日本では、利き手じゃない方はお茶碗を持つか添えるかするし、洋食でも両手はテーブルの上、と習うはず。

 

トニー、きみはバリバリ洋食を食べてきたんじゃなかったのか?と思いつつ、左手もあげるよう注意した。すると、彼は言った。

 

「今は違うのかもしれないけど、アメリカで僕が育った時は、空いてる手は膝の上に置けってしつけられたんだよ」

 

えええーーっ、初めて聞いた!そういうマナーなの!?まじで?と思いながら、調べてみた。今も昔もそうだった。トニーごめん。

 

子供の頃に習った事は直しにくい。私だっていつも自然と、お茶碗を持ち上げている。だけど実は、それをやってはいけない国ってたくさんあるのだ。ヨーロッパでは小さいボウルにスープが入ってきても持ち上げNGだし、アジアでも中国はご飯茶碗のみOK、韓国は全部置いて食べる。韓国はお米をスプーンで食べるからだろうか。

 

なんにしろ、小さなお皿や重い丼まで持ち上げまくっている日本はどうやら少数派らしい。汁物も普通に器に口を付けて飲んでいるけど、それが許される国はさらに少ないだろう。日本以外では珍しい事って「麺をすする」だけじゃないのだ。

 

さて、ここで浮上したのが息子のマナー問題。

 

わが家は今はほとんど日本にいるけど、以前は日本とドイツ、たまにアメリカでご飯を食べる機会があった。なので一通り教えた。

 

「地域によってマナーは違うんだよ。日本ではお椀を持ち上げてお味噌汁は直に飲む。上品とは言えないけど、ご飯やおかずをそうやって食べる人もいる。ドイツでは持ち上げずに口も付けないで、両手はテーブルの上。アメリカに行ったら、持ち上げずに口を付けないのも同じだけど、左手は膝の上に置いてね」。

 

だけど息子はご飯に気を取られているせいか、ときどき忘れてしまう。なので気づくたびに注意する。小さい頃は素直に聞いていたけど、成長するにつれて変化が現れた。

 

「パパは?」——そう、「なんで僕だけ言われるの?時代」が到来したのだ。

 

その度に私は言う。「トニー、左手」。そして説明する。 「パパはアメリカで育ったから直しにくいんだよ」「ふうーん」

 

トニーは息子の姿勢がときどき気になるようだ。「もっと椅子を前に」「まっすぐ座って」。そのたびに私もシュッと伸びる。

 

日本で外食すると、姿勢の悪い人が割と目につく。お茶碗を持っていいのは「犬食い」しないためだって言うんだけど、結局猫背になっている。「このエビ、うま!」って、大人もご飯に気を取られてるからかな。

 

でもきっと世界共通のマナーはこれだ。 「ご飯中は犬にも猫にもならない方がかっこいい」

 

 

 

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文/小栗左多里