夫婦別姓や事実婚、国際結婚、同性カップルなど、日本の「夫婦の多様性(ダイバーシティ)」をテーマにお届けするオピニオン特集。

 

最後にお話を伺ったのは、人気漫画家の小栗左多里さん。外国人のパートナー、トニーさんとの日常を描いた『ダーリンは外国人』で一躍有名になりました。漫画にも描かれているように、生まれた国や育った文化の異なるふたり。常識にとらわれない考え方が、良好な夫婦関係を保つ秘けつのようです。

 

コロナ禍でのオンラインインタビューに応じる小栗さん。現在は家族3人で日本に在住している。

 

Profile 小栗左多里さん

漫画家。1995年、月刊『コーラス』でデビュー。アメリカ出身の夫・トニーさんとの微笑ましい日常を描いた『ダーリンは外国人』『ダーリンは外国人2』『ダーリンは外国人with BABY』(すべてメディアファクトリー)、など著書多数。現在、長男は14歳。

 

自分の常識が“偏見”になることもある

——代表作の『ダーリンは外国人』が反響を呼びました。25年前にトニーさんと結婚された際、外国人との結婚について周囲の反対などはありましたか?

 

小栗さん:

反対はなかったですが、母はとても心配していました。でも、実際にトニーに会ったら「すごくいい人だね」と言ってもらえて。父は、私が外国へ行ってしまうかもしれないという不安や悲しい気持ちが強かったようです。

 

25年前は国際結婚がすごく珍しいという時代でもなかったけど、私の親族にはいませんでした。だから、知らないことに対して身構えてしまったのだと思います。知らないから怖いし、知らないから不安。でも、相手と直接会って話をしてみれば、人となりはわかりますよね。国籍や出身ではなく、トニーの人柄や性格を見て納得してもらいました。

 

トニーと出会ったのは、私が漫画家になれるかなれないかの瀬戸際だった時期。当時の少女漫画雑誌は早いと1415歳でデビューするのに、私はなかなか漫画が描けなくて27歳になっていました。年齢的にも最後のチャンスと思い、トニーの誘いも断って必死に作品に取り組んでいました。ようやく描き上がり、投稿し終えた日に会いたいなぁと思い浮かべたら、彼が「今日、会える?」って連絡してくれたんです。

 

——その後、おふたりは同棲を経て、結婚。小栗さんの漫画家デビューも決まり、日本で暮らすことになったんですね。アメリカ出身のトニーさんと一緒に生活を始めて、文化の違いによる苦労はありましたか?

 

小栗さん:

数限りなくあったような気がします(笑)。最初はワンルームに住んでいて、お互い共感できない部分が嫌でも目に入ってくる感じで。

 

アインシュタインの言葉に「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」という言葉があるんですけど、その通りだな…と思いましたね。結局結婚って、それまでの常識をいったん置いて、ふたりの「新しい常識」をつくっていくことなのかもしれません。

 

小栗さんのお姉さんの結婚式にふたりで列席したときの一枚。

 

子どもが産まれると、私と夫が育ってきた環境の違いはさらに顕著になって…。衛生観念や、子どもが病気になったときの対応、子どもの遊ばせ方など、それはもう本当に些細な感覚の違いがたくさん。食事の仕方ひとつをとっても「日本ではこう」「アメリカではこう」と、家族で共有する必要がありました。

 

でもトニーは、自分の常識から外れたことでも“却下しない”人なんです。その性格に助けられることは多かった。私もいまだにちゃんとできているわけじゃないけど、相手の言動に「えっ!?」と思うことがあっても、5秒で却下したりはしないと決めています。「まずは話を聞きましょうか」という気持ちを持てるようになったのは、トニーのおかげですね。

 

それと、言葉の問題もありました。親の母語ではない国で育つと、言語を理解できるけど話せない「受け身のバイリンガル」に育ちやすいと言われます。そうはさせまいとするトニーの熱心な言語教育と、息子なりの相当な努力もあって、14歳になった息子は日本語、英語、ドイツ語、そして人工言語であるエスペラント語を話せるようになりました。ふたりともよく頑張ったなぁ、すごいなぁと思います。

 

 

ドイツでの暮らしで日本人特有の常識が覆された

——数年間、ドイツで生活されていた時期もあるんですよね。住み慣れた日本を離れて、現地で家族の多様性を感じたことはありましたか?

 

小栗さん:

ドイツで息子が通っていた学校の保護者には、離婚・再婚した人も多く、同性同士のカップルで養子を育てている家族もいました。白人家庭に育てられている黒人の女の子もいましたし。自分が外国人という立場で暮らすことで、視野が広がったことも多いです。

 

トニーが保護者の集まりでよく友達をつくってくるのですが、「今日はこんな人に会ったよ」という話に出てくるのが、映画監督、心理学者、大学教授、外交官、理科の先生など多岐にわたっていて。私はパッと男性を思い浮かべたのですが、驚いたことに全員女性だったんです。この学校はドイツ人以外も多かったのですが女性の職業が多様で、それが当たり前に受け止められているし、

自分にも偏見があったんだなぁと気づきました。

 

学校の保護者への対応も日本とは違っていましたね。日本の学校は、誰かを特別扱いすることを避ける印象がありますが、ドイツでは「この人にはこういう対応」というように個々に区別があり、指導の仕方も統一されていません。それは街に出ても感じたことで、たとえば身体の不自由な人やベビーカーを押す人に対しては、周囲は当然気にかけるべきと思っていて。常に助けようとする雰囲気がありました。心に余裕がある人が多くいるというか。

 

日本人は、幼いころから「人に迷惑をかけるな」と言われて育ちますよね。でも、人間は生きている以上は多少の迷惑をかけるし、「迷惑をかけてもいいんだよ」と言ってくれる人が周りにどれだけいるかで人生が変わってくる気がします。信頼関係が増えるほど、お互い息苦しく感じずに生きられる社会になると思うんです。 

 

——「迷惑をかけてもいい」というのは温かい言葉ですね。漫画家として多忙を極めるなかで、家事や育児の分担にも「辛いときは迷惑をかけてもいい」という暗黙の了解があったり…? 

 

小栗さん:

家事については私がやったほうが早いので、圧倒的に私の出番が多いですね(笑)。最近は夫が料理を作ることが増えて、もっと作ってくれたら嬉しいなとは思うけれど、レパートリーの拡大も望んでいます(笑)。そのへんは夫婦がお互いに納得していれば、折り合いは夫婦ごとに違っていいと思います。

 

その代わり、育児や教育は夫に大半を任せています。日本の幼稚園に通っていたころまでは私もかなり関わっていたのですが、ドイツの小学校に通い始めてからは、言葉の壁もあったので、先生とのやりとりや保護者の集まりは夫にお願いしていました。

 

夫は育児についてかなり熱心で、いろいろなところに連れて行ったり、英語を教えたり、調べ物をしたりするのが好きなタイプ。もちろん私も学校行事には参加しますけど、トニーは父兄のなかでも特に熱心に参加している方でしたね。

 

 

最近は、日本で生活していても、スーパーや公園などで、お父さんと子どもの組み合わせをよく見かけます。とてもいいことだなと思っています。

 

漫画業界では、女性が漫画家として仕事し、パートナーが支えるというパターンもけっこう昔からあるんです。この業界に限らず、主夫のように生活する男性を「ヒモ」と呼ぶ風潮はなくなったほうがいいと思うし、男性だから働き続けないといけない、ということもないと思うんですよね。

 

お互いひとりで立っていられるけれど並んで歩く…が理想の夫婦

——社会で活躍する女性がもっと増えてくれば、夫が家事や育児全般を担当する家族が増えるのも自然ですよね。小栗さんの理想の夫婦関係はどんなものですか?

 

小栗さん:

夫婦のことは、それぞれの夫婦間で折り合いがつけばいいと思っています。自分で生活できるだけのお金を稼げれば、そこまで男性に年収や経済力を求めなくて済みますよね。そうすると結婚相手を選ぶ選択肢も増えるんじゃないかな。

 

お互いひとりで立っていられるけど一緒に歩きましょう、みたいな夫婦関係がいいですね。そうすれば、万が一うまくいかなくなったときにも、やり直しの方向にも進みやすいと思うので。とはいえ、専業主婦という選択がダメとも思わないし、夫婦ごとにいろんな価値観があっていいのではないでしょうか。

 

結局は自分の人生だから、自分が選んだところに立って、自分で責任を取ろうと思えるなら何をしてもいいと思います。社会的な固定概念にとらわれすぎたり、周りの評判を気にしすぎたりすると、自分で判断しにくくなりますよね。周りの価値観ではなく、自分の価値観で選ぶことが大切。その結果どうなるかで、その人らしい人生を送れるのだと思います。

 

 

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取材・文/大野麻里