新型コロナウィルスの感染拡大予防措置として、全国的に小中学校の休校が続いています。学習の遅れをカバーするため、授業を配信提供する自治体も出てきました。私たちの働き方だけではなく、子どもたちの学習スタイルも今、転換期を迎えているのかもしれません。

 

でも、未知の学習スタイルに戸惑う人も多いのではないでしょか。コロナ禍で、にわかに身近になった「オンライン学習」。その歴史と実態を知り、理解を深めていきましょう。

 

特集「教育の新潮流・オンライン学習が知りたい」の第4回目は、「無料オンライン学習の存在意義」について。高額な塾の授業料の実態を知り、「無料のオンライン授業」の配信を始めた葉一さん。8年前に志した道は、登録者数80万人の人気チャンネルとして成長を続けています。教育系YouTuber葉一さんが描く、日本の学びの未来は──。

 

 

PROFILE 葉一さん

1985年3月11日生まれ。東京学芸大学を卒業後、営業職、個別指導塾の塾講師を経て独立。2012年、YouTube「とある男が授業をしてみた」にて小学3年生〜高校3年生を対象とした授業動画の投稿を開始。チャンネル登録者数は80万人を超える。勉強だけではなく、子どもたちの悩みに対して等身大で向き合う動画も人気の秘密。2児の父。

YouTubeで「お金で広がる教育格差」をなんとかしたい

基本は板書重視だが、最近は画像の加工もするように

──個別指導塾の講師からYouTuberに転向したきっかけは何ですか

 

葉一さん:個別指導って、費用がものすごく高いんです。その個別指導塾にあえて入ってくるのは、勉強が苦手な子が多い。そして、そういう子は、家庭にいろいろな事情を抱えていることが多いのです。

 

シングルマザーの方が、「先生を信頼しているから、なんとかお金を捻出して通わせています」と話してくださったりする。企業としてお金をいただくのは当たり前ではあるけれど、これは自分が目指していた教育とは違うぞという思いが芽生えてきたのです。

 

家計的に恵まれない子を救えるような何かを作りたい、親御さんからはお金をいただかないで、でも自分は生活があるので何かしらの方法でお金をいただく教育ができないのかなってずっと思っていて。

 

8年前は今ほどYouTubeは普及していませんでしたが、個別指導塾を退職後、授業配信を始めてみました。

 

──教育系YouTuberとして生計を立てていく勝算はあったのですか

 

葉一さん:実はYouTubeを始めた当時、再生回数に応じて広告収入が得られることは知りませんでした。YouTubeに動画を投稿して、自分が有名になることで、講演会や書籍の執筆で仕事いただけたら…という戦略でした。

 

今はおかげさまでチャンネル登録者が80万人で、YouTubeの広告収入で生活は成り立つようになっています。

 

──特に中学生向けのコンテンツが充実していますね

 

葉一さん:YouTuber的に言うと、高校生向けに大学受験を意識した授業の方が、確実に再生数が取れます。

 

なのになぜ中学生の授業に力を入れているかというと、それは高校受験が人生の中で大きなターニングポイントになるから。高校受験前から勉強を頑張った方が、その後の選択肢は確実に増えると思っています。

 

大学受験の方がビジネスになるから、中学生向けのサービスがあまりない。そこを支えたいという気持ちで、中学生向け授業を配信しています。

YouTubeは公教育・塾とは違う居場所

ライブ配信に寄せられるたくさんのコメント。授業だけでなくユーザーと交流することも意識的にこころがける

──教育系YouTuberとして今後どのような展開を考えていますか

 

葉一さん:日本には、公教育と塾という2本柱がありますが、無料のオンライン授業を3本目の柱にしたいと考えています。

 

経済格差など、さまざまな事情から、公教育や塾からドロップアウトする子たちがたくさんいます。そうした子を支えるために、「無料」の、フリーラーニング、フリースタディという柱を立てられたらいいなと思っています。まずは無料の勉強コンテンツが、日本にもちゃんとあることを認知させたいですね。

 

といっても、公教育や塾業界と敵対するのではなく、たとえば学校で無料のコンテンツ動画を使うといったことが普通になっていけばと考えています。

 

──コロナウィルス感染症拡大を機に、さまざまな企業が教育系の無料動画を公開しました。焦りはありますか?

 

葉一さん:正直、資金力があり、かつ大勢の講師を抱えている企業がライバルになるという怖さはありました。

 

ただ、いざそうなってみて感じたのは、それぞれの特性に応じてすみ分けが可能だということです。

 

大人から見ると、授業は科目ごとに専門の先生に学んだ方が確実だと思いますよね。実際、勉強への意識が高い子たちについてはその通りで、そういう子は予備校や予備校の配信授業を利用した方がいいでしょう。

 

でも勉強に苦手意識のある子は、「この先生に習いたい」「この先生が教えてくれるなら」という気持ちが強い。そこが、個人のYouTuberが企業と張り合っていけるポイントだと感じています。

 

ですから、子供たちと直接やりとりできる場をつくるため、授業の配信のほかにも、雑談系のライブ配信などもやっています。

 

ときには、悪意を持って場を「荒らす」ユーザーも登場しますが、それに対応する自分の姿を見ることも子供たちの学びになると考えています。

 

勉強だけでなく、生き方も教えることが真の教育です。自分がYouTubeでやりたいことはそれです。

社会を知らずに先生にはなれないと思った

より多くの子供に学びを届けるため、当面の目標は親の認知度アップ

──葉一さんの教育にかける情熱はどこからくるのでしょうか

 

葉一さん:高校時代の、恩師の影響ですね。怖い先生でしたが授業がとにかくわかりやすかった。板書もきれい。授業の質の高さに純粋に感動しました。勉強が分からなくて相談すると、必ずその場で解決してくださる。勉強以外のことでも何か相談にいくと、全部真摯に受け止めてもらえる。気づいたらどっぷり信頼していました。

 

それまで先生というものに対して不信感があったのですが、尊敬できる恩師に出会えた。「自分も先生になって子供の未来を切り開く手伝いがしたい」と思うようになりました。

 

──東京学芸大学で教員免許を取得されましたが、その後すぐに学校の先生にはなりませんでしたね

 

葉一さん:自分は勉強だけでなく、子供達のメンタルサポートもできる先生になりたかったんです。でも、教育実習をやってみて、学校の先生は忙しすぎてそれが難しいと感じました。これは自分がやりたかった教育ではない、と。

 

また、子供達に社会のことを教えたいのに、このまま世の中の仕事を知らずに先生になって、社会について語るのはおかしいのではないかとも思いました。

 

そこで、教育者になるための修行だと思って、教材の訪問販売の仕事につきました。ハードワークのため10カ月で持病が悪化してしまい、やむなく辞めましたが、メンタルは強くなったし、そのとき鍛えた営業トークは、動画制作において役立っています。

 

その後個別指導塾の講師に転職、そこで子供の学習の実態、塾の授業料の高さを知ったことが、YouTubeを始めるきっかけになったのは先にお話しした通りです。

 

──学校が休校になって、子供にどう勉強させていいのか戸惑っている親に向けてアドバイスをお願いします

 

葉一さん:長期休みで子供の学力にはあきらかな差が生じるでしょう。自学が得意な子は進んでやるし、そうでない子は一日中ダラダラと過ごしてしまう。

 

春休みが長くなった分、夏休みが短くなるという可能性もあります。受験生の場合はそのことを視野に入れて過ごした方がいいですね。

 

親御さんも先行きが見えずストレスを抱えていると思いますが、たっぷりある時間を使って、子供に合った勉強法を探してみてあげてください。

 

──葉一さんにお話を聞き、オンライン学習という学習スタイルの確立は必須だと考えさせられました。YouTubeが苦手と一方的に思いこんでいる親は、価値観を改めるきっかけになりそうです。

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取材・文/鷺島鈴香 撮影/河内彩