育児製品を手がけるピジョン株式会社では、子育て中の社員による「育児レポート」の作成や、社内に不妊治療を支援するための休暇・休職制度を構築するなど、仕事と育児の両立へのヒントを得るための仕組み作りにも力を入れています。充実した制度や取り組みの背景には、企業としてどのような思いがあるのでしょうか。20年間人事グループに席を置き、育児制度を担当してきた若山さんに伺いました。

社員から集まった「育児レポート」は、後輩パパ・ママたちへの心強い助言集


 

――子どもが生まれた社員を対象に、「育児レポート」を提出するよう呼びかけているそうですね。

 

若山さん(ピジョン):

2006年に導入した新育休制度「ひとつきいっしょ」の導入に加えて、男女問わず1歳6ヵ月までの子を持つ社員に対して、育児レポートの提出を義務づけるようにしました。

 

育児レポート作成は、各々の目標管理に組み込まれていて、仕事の一部として作成してもらっています。現在までに150以上のレポートが集まっています。

 

――集まったレポートはどのようにして活用しているのでしょうか。

 

若山さん(ピジョン):

レポートは社内のポータルサイトで共有されるため、社員であれば誰でもアクセスすることができます。内容は育児を通して感じたこと、育児商品を使ってみた感想、保育園の保活についての工夫やアドバイスなどさまざまですが、いずれもこれから子育てをする後輩パパ・ママたちが活用できる内容です。

 

中には育休中、実際に自社商品を使ったときの気づきから、改善につながることもあり、育児が仕事とつながっていることを改めて感じさせてくれることもありました。今となっては子育て中の社員にとっても、会社にとっても大きな財産となっています。

男性の「育休制度」担当者が導入した不妊治療の休暇制度

 

――5年前から若山さんが「育児制度」の担当として体制や制度の改善と見直しに取り組んでいるそうですね。こういったところでも、「男女格差なく育児について考える」企業としての姿勢が伺えます。

 

若山さん(ピジョン):

そうですね。前任の担当者が異動になったタイミングで私が引き継ぎました。前任は育児経験のある女性社員が担当していたため、正直なところ「男性社員でいいのかな?」という気持ちが全くなかったかといえば嘘になりますが、自分も3人の子の父であり、「男性も育児を語れるようになるべき」という思いを持っていたので、引き受けることに。管理職となった今でもその想いは変わりません。

 

担当になってからは、女性だけではなく男性も仕事と育児の両立について考えることを目的とした「ワーキングペアレンツセミナー」の開催、子育て中の母親同士をつなぐランチ会の実施、不妊治療を目的とした社員のための「ライフ・デザイン休暇・休職制度」の導入等をしてきました。

  

――「ワーキングペアレンツセミナー」とは?

 

若山さん(ピジョン):

「共働き」や「仕事と育児の両立」のための情報や知識を共有するセミナーで2016年に実施しました。自分のプライベートや業務内容、タイムマネジメントから、育児中のイライラや怒りと上手に付き合うためのアンガーマネジメントまでさまざまな内容にフォーカスして開催していたのですが、アンケートを取ったところ、子育てしている女性が欲しているのは「知識やノウハウ」ではなく、「周りとの繋がり」だということに気づいたんです。子育ての環境は各社員で大きく異なり、画一的に行う集合研修は効果が薄かったのです。

 

それならばと、昨年、社内で子を持つ女性社員のネットワーク構築を目的としたランチミーティングを開催することに。対象者に呼びかけたところ、思いの他反応が良く、参加率も高かったですね。

 

ランチミーティングは育児の情報交換の場としての役割と、働く母親同士、横の繋がりを持ってもらうことが狙い。新米ママにとっては「育児に関しての相談者」を見つける場でもあります。人事を介さなくても「仕事と育児の両立へのヒント」を自発的に得る場として活用してもらえればと思っています。こういう「人」や「情報」を見つけるためのきっかけ作りも私たちの役目です。

 

2016年に導入した「ライフ・デザイン休暇・休職」も、社員の働きやすさを考えて生まれた休暇・休職制度です。「不妊治療に専念したい」という理由で退職者が出たことをきっかけにして生まれた制度で、不妊治療を理由に1カ月単位で休暇を申請でき、最大2年間の分割取得が可能です。

 

妊娠して子を授かるという流れを「自然なこと」と考えている人も多いですが、実際は不妊に悩んでいる方はかなり多い。私の妻が当時婦人科に勤めていたので、治療のために来院する人の多さは妻からも聞いていました。

 

「会社を辞めなくても、不妊治療に専念できる時間を作ろう」という思いから制度化することになりました。

 

――不妊治療のための休暇制度は他社ではあまり見ないですね。デリケートな申請理由になりますが、反応はいかがでしたか?

 

若山さん(ピジョン):

当初は利用者が出るかどうか、不安も感じていました。不妊治療の悩みはデリケートですし、その辛さ、大変さは当事者でしかわからない部分があり、申し出るにも勇気が必要だからです。

 

しかし、導入してすぐに女性社員が手を挙げました。それに続いて2人目、3人目と続き、現在5人目の申請が届いているところです。休職休暇を経て、妊娠、出産したという報告を聞いたときは自分のことのように嬉しかったですね。

 

社員がライフイベントの変化をハンディにすることなく、気持ちよく働いてもらいたい。そのための土壌を引き続き整えていきたいです。

 

ワーキングペアレンツセミナーは、現在は開催していませんが、今後もさまざまな取り組みの中から、社員が必要しているものを汲み取っていきたいですね。

 

――「ワーキングペアレンツセミナー」の成り立ちのように、動いてみて初めてわかることも多いですよね。ピジョンでは、結婚や出産を理由に退職した女性社員はほぼゼロだと伺っていますが、女性が活躍できるフィールドは整っているのでしょうか。

 

若山さん(ピジョン):

配偶者が海外在住だったり、配偶者の転勤を理由に退職した社員はいますが、結婚や出産を機に退職した方は、記憶にありません。少なくとも直近10年はいないと思います。

 

ピジョンでは、女性社員も責任のある仕事を任されることが多く、仕事の充実感を感じている社員が多いです。社内では「女性だから」という差別的感覚はなく、むしろ「女性の活躍推進」のためにアレコレ考えを巡らせていると、女性社員から「特別扱いしなくても、気づきがあれば都度提案するので大丈夫ですよ」と声が上がったほど。頼もしく、たくましい女性ばかりですね(笑)。

「楽しく、いきいきと働ける時間を増やすには何が必要か」という視点

 

――改善点があれば男女ともに積極的に意見を出せるのは、男性も女性も平等でフラットな関係ということを社員全体が認識しているからこそですね。

 

若山さん(ピジョン):

そうですね。人事グループとしては、面談やアンケートなどの定期的な施策はしていません。社員の声や働き方に対する世論が出る度、「うちの会社はどうかな」と立ち返るようにしています。

 

働き方改革についても「残業時間を減らそう」ということに注力するよりも、「楽しくいきいきと働ける時間を増やすには何が必要か」という視点で企画を考えています。

 

――後に続くものを考えての育児レポートや、子育て中の社員だけに焦点を当てるのではなく、「これから子育てをする社員」にも安心して働くことができる制度や体制を整えるピジョン。現在と未来、両方を視野に入れての取り組みと姿勢が、社員が生き生きと働ける環境につながっているに違いありません。

 

本社1階にある「にっこり 授乳・さく乳室」は、社員だけでなく「誰でも利用OK」のオープンなスペース

 

取材・文/佐藤有香 撮影/緒方佳子