糖尿病の改善法、あるいはダイエット法として、すっかり定着した感のある「糖質制限」。自身の糖質制限ダイエットの経験から、「健康的な身体になるのでは」「将来の肥満予防にもなりそう」と、子どもに同様の食事をさせている人もいるようです。成長期の子どもに糖質制限をおこなうことの是非は? 健康への悪影響はないのでしょうか。気になる疑問を、小児科医の金子光延先生に、率直にぶつけてみました。

 

 

 

《取材協力》金子光延先生
小児科医、医学博士。1960年東京都生まれ。1986年産業医科大学医学部卒業後、同大学病院小児科勤務、横浜労災病院勤務、静岡赤十字病院小児科副部長を経て、2002年にかねこクリニックを開院。新米ママ、新米パパにもわかりやすい病気の説明、予防法のレクチャーに定評があり、多くのママ、パパから信頼を集める。著書に『よくわかる、こどもの医学』(集英社新書)、『こどもの感染症―予防のしかた・治しかた』(講談社)などがある。2020年1月に『保育園&小さな子どものいる家庭での食物アレルギー 事故を防ぐためコレだけは』(かもがわ出版)を上梓予定。

 

 

子どもは糖新生が不十分。食事中の糖質は必須!

 

Q.先生は、子どもの糖質制限をどう考えていますか?

小児に糖質制限をして、炭水化物を極端に減らすのは、小児科医の立場からはとてもお勧めできません。 子どもの健康を考えるなら、絶対にやってはダメ。これが基本的な考えかたです。 唯一の例外といえるのが、難治性のてんかんのお子さんに対する「アトキンス食」。 これは治療としておこなう食餌療法

(しょくじりょうほう)で糖質制限に類似していますが、管理栄養士さんがバランスを考え、成長の妨げとならないように管理して特別なケースにだけおこなうものです。 医療機関でこのように厳格な食餌療法をおこなう場合以外は、糖質制限をすべきではありません。

 

Q.何がそれほどいけないのでしょうか。

理由は、大人との身体の違いです。子どもの身体は臓器の成長が未発達であり、肝臓の機能も大人と同じではありません。 大人なら、肝臓で糖をつくることができます。これを「糖新生」といいますが、子どもの糖新生の力は、大人に比べて著しく弱い。 その状態で、脳や身体ではたくさんの糖質を消費しているので、簡単に低血糖になるんです。 高血糖より低血糖のほうがずっと問題で、脳に障害が残ることだってあります。 だから新生児期の子どもが、ちょっとでも母乳やミルクを飲めなくなると、元気がなくなったり、ひどくするとけいれん

(ひきつけ)を起こすこともあるんですね。 そこからさらに成長して、乳児期・幼児期になってもそう。たとえばウイルス性の胃腸炎などで嘔吐をくり返すと、簡単に低血糖になり、ぐったりしてしまいます。 そのくらい、子どもの身体にとって、糖質はなくてはならないものなんです。

 

Q.実際に、乳幼児期の子に糖質制限をおこなうと、どんなリスクがあるのでしょう?

過剰な糖質制限によって重度の低血糖になると、脳に障害が起こり、正常に発達できない可能性があること。 一生を寝たきりで過ごす危険だってあります。リスクと呼ぶには、あまりに大きな代償であり、非常に重い後遺症です。 そもそも乳幼児期の子たちは、あれほど甘い母乳やミルクをごくごく飲んで、その結果として脳も全身も発達していきます。 母乳やミルクに含まれるのは、市販の砂糖類とは異なる「乳糖」ですが、それでもどんなに飲んでも太らないし、糖尿病になんかならない。 飲ませすぎということがないくらい、糖を必要としているんです。 もちろん、砂糖をたくさん含むジュースや菓子、スナック類をあげすぎるというのは別ですよ。 でも、そんなおかしな食生活をさせなければ、炭水化物をいっぱいとって、お肉もお魚も食べて、果物も食べて、それで何の問題もありません。 制限する必要がどこにあるんでしょうか。



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小学生になっても、糖質制限はやっぱりダメ

 

Q.学童期以上のお子さんではどうでしょうか?

小学校1年生以上の学童期も、基本は同じです。 この年齢の子どもたちには、「アセトン血性嘔吐症」という病気があります。


昔から「自家中毒症」として知られていたもので、強い吐き気と嘔吐をくり返す病気です。 この病気は、肝臓での糖の代謝が不十分で、エネルギーとして糖質をうまく活用できない場合に起こるといわれています。 そのため体内の脂肪をエネルギー源として消費するのですが、その過程で「ケトン体」という物質が体内に蓄積されます。 すると強い吐き気などが生じ、ぐったりとしてしまいます。経口補水液などで糖質を補おうとしても、それすら受けつけず、点滴で糖を一気に補わなくてはならないことも多いんです。 何より重要な点は、この病気が子どもに特有のものであること。 糖質制限は「脳のエネルギー源はブドウ糖だけではない、ケトン体を使えばいい」というのが、主な理論ですよね。 でも子どもの体は、ケトン体でエネルギーを補えるようにはできていないんです。 私自身は糖質制限反対派ではありませんし、中高年で肥満の方は、むしろ積極的にやったほうがいいと思っています。 でも、どんな方法にも適応があって「子どもには適さない」ということです。

 

Q.「糖質はそもそも人類に必要ない」という説もありますが……。

人類の寿命がこれだけ延びて、子どもたちの死亡率が低くなったという変化を、よく考えてほしいんです。 その大きな理由のひとつが、保存のきく穀物がとれて、栄養失調にならなくなったこと。  いまの若者たちが、背が高くすらっとしていて、筋肉もついているのは、子どものときにバランスのいい食事をしっかりとれたからでしょう? 飢餓状態におかれなかったから、健康な身体で成長している。それをみすみす手放すというのは、やはり考えられません。 もちろん食料が豊富にありすぎて、多くの大人たちが肥満になり、糖尿病などに罹患しているのは事実です。 でも、それは別の問題ですよね。甘いお菓子やスナック類、ジャンクフード、それから毎日の外食などで、あまりにバランスの悪い食事をとり続けた結果です。 子どもの健康や将来の肥満が心配なら、そういう食生活をさせなければいいだけなんです。



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